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京アニ襲撃事件でも使われていた「闇世界」のブラウザ

サイバー戦争の今

 IT時代になって戦争の形が変わってきつつあるという。例えば宣戦布告をして、正規軍同士が激突する前の段階として、サイバー空間を通じて常に予備戦争のようなことが行われているというのだ。本書『サイバー戦争の今』 (ベスト新書)はそうした「新しい戦争」の現在の姿を報告する。

日本はどうするべきなのかを問う

 著者の山田敏弘さんは国際ジャーナリスト。米マサチューセッツ工科大(MIT)元フェロー。講談社、ロイター通信などに勤務後、MITを経てフリーに。大手週刊誌で記事を執筆するほかテレビにも定期的に出演。大手ニュースサイトなどでもいくつも連載を持つ。著書に『ゼロデイ 米中ロサイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)などがある。

 本書は、第1章の「イントロダクション」で「サーバー攻撃とは何か」について説明。第2章「2020年サイバー問題」で「サイバーセキュリティーの現在地」を示す。第3章で「アメリカのサイバー戦略」、第4章では「世界を襲う中国ハッカー軍団」、第5章では「悪の枢軸」と題し北朝鮮やイランの状況を伝える。第6章はロシア、第7章は「変革期にある世界のスパイ工作」(見出しにCAIとあるのはCIAのことか)、第8章では「取り残される日本」を取り上げている。「現在のサイバー戦争のフロントラインを追い、詳しく解説。そのうえで日本はどうするべきなのかを問う」内容となっている。

前モサド長官が語る脅威

 近年類書が多数出版されているが、本書では山田さんが関係者に取材した話がいろいろ報告されている。例えば、「イスラエル前モサド長官が話すサイバーセキュリティの今」。モサドは世界最強クラスの情報機関として有名だ。

 本書の性格上、取材源の秘匿が前提になっているので、登場人物は匿名が多いが、「モサド前長官」は実名だ。タミル・パルド氏。2011年から16年まで長官を務めた。退官後はサイバーセキュリティの分野に進み、関係企業を立ち上げているという。

 パルド氏は山田さんに、「私たちはここ10~15年で、プライバシーというものを失ってしまった」と語っている。スマホのデータを通じて、「外部からでも、人々が何を観て、何を考え、今何をしているのかについて、情報を獲得できてしまう。あなたに危害を与えることもできる。これが今日、わたしたちが直面している脅威なのだ」と警告する。したがって今後、「今以上に重要になるのはサイバーセキュリティ」。パルド氏の会社には「世界トップクラスのハッカーたち」を集結させているそうだ。

 イスラエルは世界屈指のサイバー大国として有名だ。本書ではイスラエル製の監視システム「ペガサス」が、メキシコで、不都合なジャーナリストを徹底追跡している話も紹介されている。

常駐スタッフは2人だけ

 山田さんはほかにも世界各国の関係者や関係個所を訪ねている。例えば「ダークウェブ(闇ウェブ)」にアクセスするブラウザとして知られる「トーア」。これを経由すると、誰がアクセスしているのか分からなくなるということで、闇世界では有名なブラウザだ。「表現の不自由展」への脅迫的なメールも、トーアが使われていたという。京アニの襲撃事件では、前年からスタジオ宛に殺人予告のようなメールが届いていたが、その送信にもトーアが使われていたという。

 仮想空間にあるかのようなトーアだが、本書ではトーア本部の建物写真が掲載されている。米国・マサチューセッツ州にあり、山田さんが訪問した時、常勤のスタッフは2人だけだったという。

 山田さんは前出の「ペガサス」を作ったイスラエルのサイバー武器メーカー、NSOグループの本拠地も訪問している。同社は500人ほどの従業員を抱え、うち半数がハッキングに特化した製品に携わるエンジニアだという。パンフレットで「NSOはサイバー戦争の分野をリードする企業であり、サイバー防衛だけでなく、サイバー攻撃でも当局の技術的な側面を支える」と喧伝していた。

 以上のように本書は、「闇ウェブ」レベルから、国家によるサイバー犯罪やサイバーセキュリティまで幅広く、現地調査や関係者インタビューなども重ねながら報告しているのが特徴となっている。いずれもネット時代が作り上げた、専門家以外には不可視の、もう一つの世界だ。

 BOOKウォッチでは関連で多数紹介している。『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)、『チャイナスタンダード』(朝日新聞出版)、『犯罪「事前」捜査――知られざる米国警察当局の技術』(角川新書)、『フェイクニュース――新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『スノーデン・ファイル徹底検証――日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版)、『フェイクウェブ』(文春新書)、『闇ウェブ』 (文春新書)、『「いいね! 」戦争――兵器化するソーシャルメディア』(NHK出版)、『超限戦――21世紀の「新しい戦争」』(角川新書)、『知立国家 イスラエル』(文春新書)、『AI兵器と未来社会――キラーロボットの正体』 (朝日新書)、『自衛隊の闇組織――秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)、『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)などだ。

  • 書名 サイバー戦争の今
  • 監修・編集・著者名山田敏弘 著
  • 出版社名KKベストセラーズ
  • 出版年月日2020年1月 5日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・232ページ
  • ISBN9784584126073
 

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