日本神話や神社に関する本は多いが、本書『日本神話の迷宮 続・幾千年の時空の彼方へ 』(天夢人)の特徴は、著者の藤井勝彦さんが全国各地の神社を訪ね歩いた探訪記・探究記というところにある。なぜ神々がそこで祀られるようになったのか、本当の由来は何か。実際に現地に何度も足を運ぶことで見えてきた神々の姿を、写真や絵画史料など豊富なビジュアルとともに紹介している。
藤井さんは1955年生まれ。歴史紀行作家・写真家。『邪馬台国』『世界遺産富士山を行く! 』『中国の世界遺産』『三国志合戦事典』『写真で見る 三国志英雄たちの足跡』など日中の古代史に関する著作が多数ある。すでに『日本神話の「謎」を歩く 幾千年の時空の彼方へ』も刊行しており、本書はその続編という形になっている。
これまでに訪ねた寺社は1千以上。本書に登場するのは約250社の神様。地元の人々に伝承を聞き、地域の資料館で裏付けをとる。その結果、わかったことは「神話の世界は虚像・実像が織りなすタペストリー」であり、「そこには真実が隠されている」ということ。
本書の冒頭で、藤井さんは記している。
「ヤマト王権の登場によって・・・各地で祀られていた地主神はもとより、氏族が祀っていた氏神までもが・・・政権側の都合のよいように塗り替えられてしまった」
きっかけになったのは、8世紀初頭に成立した『古事記』『日本書紀』の編纂だったという。「でき得る限り多くの氏族が、王権側の系譜につながっていたほうが都合がよかった」ということで、一つの体系、「神話と称される物語」が作り上げられたと見る。それ以前から存在していた各地の神々の統合・従属が図られたというわけだ。
こうした動きは近世以降の国家神道の流れが強まる中でさらに顕著になった。各神社の祭神は記紀に記された神様であることが求められた。その結果、「祀られている神様は、もともと祀られていた神様と違う可能性が高い」「真の姿が見えないことで、真の歴史さえ見えなくなってしまった」というのが現在の神社や神様の姿だと推測する。
この辺りは、言い方は違っていても、多くの研究者が指摘するところでもある。著者は本書を以下のような構成にすることで、主張を鮮明にしている。
プロローグ 神様のルーツ 『記紀』以前からこの世には多くの精霊が棲んでいた。 第1章 天津神 大和王権ゆかりの "猛き民族"を象徴的・印象的に語る天津神。 第2章 国津神 屈服させられた地方氏族は、まつろわぬ神々として伝えられた。 第3章 人物神 徳の高い人物は死して神となり、現世を恨んだ者は怨霊となった。 第4章 神話の世界へ 神話には直視すべき歴史的真実が潜んでいる!
第1章には「天照大神」「豊受大神」「住吉三神」「宗像三神」「熱田三神」など30余りのヤマト王権ゆかりの神々が並ぶ。第2章では、「大国主神」「熊野大神」「大山祇神」「八咫烏」「素戔嗚尊(スサノオ)」「豊玉姫」「猿田彦神」など屈服させられた神々20ほどが紹介されている。すなわち、第1章で天地創造と生命起源に関わった高天原ゆかりの「天津神」を、第2章で地上に追放された素戔嗚尊の系譜に連なる「国津神」という形で、「勝者」と「敗者」を取り上げている。
素戔嗚尊は天照大神の弟なので、本来は第1章の天津神に分類されて然るべき。それがなぜ第2章の国津神なのか。様々な乱暴狼藉を働いて高天原を追放されたからなのか。
藤井さんは、「素性をよくよく調べてみると、もとから皇統に連なるものではなかったのではないか?との疑念が大きくなっていく」と記す。
素戔嗚尊は残忍なことを平気で行う神様として『日本書紀』に描かれている。どうしてここまで悪く書かれているのか、何か意図があるのではないか、何かを隠しているのではないか・・・。弟の暴挙に耐えかねた天照大神はついに「天の岩屋」に立てこもる、というのは有名な話だ。
ところが高天原を追放された後に、出雲の国に降り立った素戔嗚尊からはもはや乱暴さは消え、八岐大蛇を退治する頼もしい英雄に様変わりする。藤井さんは、高天原の素戔嗚尊は『記紀』編纂者が作った虚像で、出雲以降が本来伝承されてきた実像と推理している。
この素戔嗚尊にまつわる伝承については、なぞの多い『記紀』の中でも、とくに多くの研究者の頭を悩ませてきた難題であり、様々な推論を呼んできた。本書ではそのいくつかも紹介されている。
藤井さんは各地の神社を巡り歩いて気づいたことがあるという。どこも社伝として掲げるのは『記紀』に記された文面をもとにしたものばかり。国家神道による社伝は明治になって確立したもの。しかし、戦後70年余りたっても変わっていないことに失望を禁じえなかったという。一般に神社や日本の神々のガイドブックは「社伝」の受け売り、すなわち国家神道の追認にとどまっているが、本書はそこから一歩踏み込んでいる。
BOOKウォッチでは関連書を多数紹介している。『建国神話の社会史――史実と虚偽の境界』 (中公選書)は明治以降の国家神道がいかに「史実」として国民に刷りこまれたかを振り返る。『二十二社――朝廷が定めた格式ある神社22』(幻冬舎新書)や『神社に秘められた日本史の謎』 (宝島社新書)、『縄文の神が息づく 一宮の秘密』(方丈社)は神社の成立について記す。『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)や『徳川家康の神格化』(平凡社)は、『記紀』に登場しない神社の話だ。
『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)、『皇子たちの悲劇――皇位継承の日本古代史』(角川選書)、『持統天皇』(中公新書)、『渡来系移住民』(岩波書店)は古代国家の成立の歴史を追う。
『靖国神社が消える日』(小学館)や『ニュースが報じない神社の闇――神社本庁・神社をめぐる政治と権力、そして金』(花伝社)は、神社の危機を報じている。
『秘境神社めぐり』(ジー・ビー)、『カラー版 神々が宿る絶景100』(宝島社新書)、『日本の神様図鑑』(新星出版社)、『神木探偵――神宿る木の秘密』(駒草出版)、『オールカラー 地図と写真でよくわかる! 古事記』(西東社)、『儲かっている社長はなぜ神社に行くのか? 仕事の神様大事典』(宝島社)などからは様々な神社や神様の姿を知ることができる。『仏教抹殺』(文春新書)は明治の廃仏毀釈の話だ。
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