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建国神話はなぜ「史実」とされたのか

建国神話の社会史

 本書『建国神話の社会史――史実と虚偽の境界』 (中公選書)は、日本の建国神話がどのように教えられ、史実として受容・利用されてきたかについて論じている。

 著者の古川隆久さんは1962年生まれ。東京大学文学部国史学専修課程卒。同大学院人文科学研究科国史学専攻博士課程修了。博士(文学)。現在は日本大学文理学部教授。専攻は日本近現代史。『皇紀・万博・オリンピック』(中公新書)、『大正天皇』(吉川弘文館)など著書多数。天皇関係の問題ではしばしばマスコミに登場する。

六講に分けて解説

 本書は古川さんが専門学術誌「歴史学研究」に掲載した「近代日本における建国神話の社会史」(2017年6月号)がもとになっている。その後、大学の授業でもこのテーマを扱い、新たな肉付けをした。

 本書は、幕末水戸学の尊王攘夷思想という建国神話重視の発端から、昭和天皇が「人間宣言」によって事実上、建国神話を否定するまで、日本社会に起きた悲喜劇をエピソードたっぷりで描き出し、近代とは何か、歴史とは何か、国家とは何かを問い直す。講義で話すように「ですます調」で書かれているので読みやすい。全体は以下の構成。

 プロローグ 史実と虚偽の境界
 第一講 神話が事実となるまで
 一 日本の建国神話とは
 二 なぜ「事実」になったのか?
 三 教科書で「事実」とされたのはなぜか?
 第二講「事実」化の波紋
 一 学校の外ではどうだったのか?
 二 学校の中ではどうだったのか?
 第三講 建国祭と万国博覧会
 一 政治にどう利用されたか?
 二 経済にどう利用されたか?
 第四講 満州事変の影響は?
 一 教室外でも始まる建国神話の「事実化」
 二 建国神話教育への影響は?
 第五講 日中戦争期の社会と建国神話
 一 紀元二千六百年をめぐって
 二 社会はどう受け止めたか?
 第六講 太平洋戦争期とその後
 一 国史教育のその後
 二 効き目はあったか?
 三 その後
 エピローグ「建国神話の社会史」の旅を終えて

西洋かぶれへの反動

 天照大神の孫が高天原から降臨し、その孫である神武天皇がヤマトに東征、橿原宮で天皇の位に就く――建国神話は奈良時代初期につくられた『古事記』と『日本書紀』に記されている。両書のあらすじを比較すると、登場人物(神)と話の一部は重なっているが、違いも大きい。音読すれば同じ人物(神)や地名と分かる場合でも、あてられている漢字は、「天照大神」と「天照大御神」を唯一の例外として、ほとんど重なっていないという。

 王権の始祖を神とする伝説は世界各地に多くあり、日本の建国神話も近隣地域の天地創造神話の影響を受けたとみられる部分もあるそうだ。しかし、近世中期の国学者、本居宣長(1730~1801)の『古事記』研究などで、「独自性」「日本オリジナル」が重視されるようになった。

 本居宣長が日本本来の思想を求めて『古事記』に入れ込み、「やまとごころ」にこだわったことは有名だ。それがさらに水戸学派に受け継がれる。代表格の藤田東湖(1806~1855)は、「神代の物語は不思議ではあるが、昔からの言い伝えなので疑ってはいけないし、変な理屈をつけてもいけない」と日本神話についての議論を禁じたという。

 幕末になって欧米からの開国要求が強まる中で倒幕。1868年、明治維新で天皇親政となる。新政府の成立宣言である「王政復古の大号令」には「神武創業の古(いにしえ)に復し」という一文が入った。神武天皇の即位日を太陽暦に換算して紀元節を決めるなど、建国神話を基盤とした国づくりが着々と進む。

 1881年には、日本人に天皇を敬い、国を愛する意識を持たせることを目的に、建国神話を小学校の歴史教育に取り入れることが定められた。背景には、急速な文明開化による西洋かぶれへの反動があったという。89年、大日本帝国憲法公布。第一条は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」。これは建国神話が根拠だ。90年には教育勅語。91年には文部省令で教育内容の改定が行われ、「皇統の無窮」「天壌無窮の神勅」に触れることが必須とされた。1904年から実施された小学校の国定教科書では「天照大神はわが天皇陛下の御先祖にてまします」と記されている。こうして徐々に建国神話の史実化が進んでいく。

上田秋成が批判

 本書では異論や異説も紹介されている。本居宣長は、『古事記』に天照大御神は日の神だと書かれていることを根拠に、世界各国は日本を尊敬すべきだと主張した。しかし、同時代の国学者で『雨月物語』の作者でもあった上田秋成は、太陽に関する伝説は世界各地にあると批判したそうだ。

 宣長は、天照大御神の子孫が代々日本を治めると定めたので、それに反対や抵抗する人がおらず、仮にいても天皇の力で滅ぼされた、としていた。これについては、本書で、安徳天皇を海に沈めた源氏や後醍醐天皇に反旗を翻した室町幕府は政権を維持し、天皇によって滅ぼされたわけではなかったと注記している。

 1921年の国定第三期の教科書から、日本史の教科書は一段と分厚くなり、神話の物語がそのまま掲載されるようになる。その理由について当時の文部省図書監修官の言葉が紹介されている。要するに、「国体」についての観念を子どもの頭に刻み込むようにすることが一番重要で、それは社会主義者などの危険人物が出てくるのを防ぐためだというのだ。

 古川さんはロシア革命が起きたり、ドイツで帝政が倒れたりしたことが引き金になっていると見ている。

 もっとも学者の中には冷静な人も少なくなかったという。1913年、津田左右吉は『神代史の新しい研究』を刊行。記紀の「神代の物語は歴史的伝説として伝わったものではなく、作り話である」と書いていた。本書では、30年ごろまでは、歴史学者の間では「神話はあくまで神話」「歴史とは別物」とするのが常識だったということも報告されている。

『国体の本義』を刊行

 その後は戦時体制が強化され、37年に文部省が『国体の本義』を刊行した。古川さんによれば、「天皇制国家における国民支配の思想原理」であり、「神州不滅」を盲信させ「国体護持」を固執させた淵源となる有名な本だ。

 編集には哲学者の和辻哲郎や国文学者の久松潜一ら当時の一流の学者が加わった。天照大御神に始まる建国神話が史実であるかのように紹介されている。小学校以上のすべての学校、青年団や在郷軍人会などに配布され、市販もされた。200万部が刊行され、多数の解説書も出た。口語訳本なども発売されるなど、戦前の最大級のベストセラー。日本人の精神形成に大きな役割を果たした。

 思想統制が強まる中で、かつては見過ごされていた津田が39年、不敬罪で告発され、著書が発売禁止。42年に有罪判決を受けた。日本神話研究をめぐる象徴的な事件として記憶されている。結局、「神国日本」に神風が吹かず敗戦。45年9月9日、昭和天皇は息子(現在の上皇)への手紙の中で、「敗因について」、「我が国人があまりに皇国を信じ過ぎて、英米をあなどったこと」だと書いているという。

日本の「国柄」は神仏習合

 紀元節は戦後廃止されたが、「建国記念の日」という形で復活した。「建国記念」の後に「の」が入っているのは、この日に建国された、というのではなく、「単に建国を祝う日」だという解説を聞いたことがある。「史実」とは一歩、距離を置いているというわけだ。

 古川さんは、大日本帝国憲法に反映された「国柄」とは、記紀で創作され、一度はほとんど忘れられていたものを、本居宣長や藤田東湖らが「再発見」した「理念」であり、歴史的に形成されてきたものではないと指摘。「皇室は天照大神を祖先とする、日本の宗教の主宰者である」などという主張にたいしては、天皇が神道の主宰者になったのも明治維新後。奈良時代から幕末までは神仏習合、こちらが日本の「国柄」だと注意を促している。

 本書には多数の参考文献が挙げられているが、その中にはBOOKウォッチで紹介した『戦前不敬発言大全』(パブリブ刊)も含まれている。「天照大神は婿さんがいなかったのだから、子供がいないはず。万世一系というのは嘘だ」という発言をした徴用工が検挙されていたことなどを引用しながら、古川さんは、戦前の日本でも建国神話がおかしな内容であること、ただし、それを公言してはいけないことを多くの人が知っていたことがわかる、としている。

 BOOKウォッチでは関連で、『天皇と戸籍――「日本」を映す鏡 』(筑摩選書)、『皇子たちの悲劇――皇位継承の日本古代史』(角川選書)、『持統天皇』(中公新書)、『新版  古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)、『明治大帝』(文藝春秋)、『オールカラー 地図と写真でよくわかる! 古事記』(西東社)なども紹介している。

 
  • 書名 建国神話の社会史
  • サブタイトル史実と虚偽の境界
  • 監修・編集・著者名古川隆久 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2020年1月25日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・262ページ
  • ISBN9784121101020
 

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