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微妙な時期に出版されたオリンピック関連本

オリンピックと鉄道

 本書『オリンピックと鉄道』(交通新聞社新書)は、1964年東京、1972年札幌、1998年長野と、国内で開催された過去3回のオリンピックを機に、鉄道を中心とした交通インフラがどのように整備され、大会期間中にどのような輸送が行われたかを振り返った本である。2020年東京についても最後に言及している。

 著者の松本典久さんは、フリーランスの鉄道ジャーナリスト。著書に『時刻表が刻んだあの瞬間――JR30年の軌跡』、『どう変わったか? 平成の鉄道』などがある。

 3つのオリンピックごとに章が設けられているが、1964年の東京オリンピックについての記述が当然ながらもっとも厚い。おもな見出しを挙げるとこうなる。

 東海道新幹線の開業
 東京モノレールの開業
 京王線新宿駅の地下化
 オリンピックに向けた道路の整備
 明治公園会場への輸送対策
 大会期間中に運転された国鉄の臨時列車
 駅や列車内における外国人利用客への対応

オリンピックとは関係なかった東海道新幹線

 東京オリンピックに間に合うように東海道新幹線がつくられたと一般に思われているが、間違いだと指摘している。東京オリンピックの開催決定の1か月前の1959年4月に新幹線の起工式が行われており、「新幹線建設の判断がなされたとき、当時の国鉄や政府にオリンピックに向けた鉄道という意識はなかったと思われる」と書いている。

 新幹線の開業は1964年10月1日で、それから半月も経たない10月10日にオリンピックの開会式は行われたから、つくる以上はオリンピックに間に合わせようという機運が生じたのは想像に難くない、としている。

 開業当初は12両編成で、路盤が安定するまでの1年間、東京~新大阪間は名古屋・京都のみに停車する「超特急」が4時間、各駅に停車する「特急」が5時間。1時間あたり超特急と特急が1本ずつ、オリンピックの混雑も想定して全車指定席だったというから隔世の感がする。

 ちなみに今年(2020年)3月14日のダイヤ改正では、1時間にのぞみ12本ダイヤをスタート、東京~新大阪間の平均所要時間を4分短縮し、2時間29分になる。

オリンピック後は乗客減ったモノレール

 東京モノレールもオリンピック開幕の約1か月前、1964年9月17日に開業した。都心から羽田空港への連絡バスが運行されていたが、首都高の開通前は渋滞がひどく、わずか15キロ足らずに1時間半から2時間かかることもあった。また京浜急行経由のアクセスもよくなかった。世界最長の実用モノレールとして開業、オリンピック開催中はにぎわったが、その後は客足が減った。

 新幹線の開業で、ドル箱だった東京~名古屋・大阪便の利用者が新幹線に移った。また首都高が開通し、バスの渋滞遅延も改善された。割高だった運賃もネックだった。一時は経営破綻の危機にも直面したが、さまざまな経緯を経て、現在はJR東日本のグループ会社となっている。

駅の左側通行はオリンピックで再徹底

 本書から二つのエピソードを紹介したい。一つは京王線の新宿~初台間の地下化は、オリンピックのマラソンコースにひっかかるため、完成をオリンピック前に急いだという。マラソン競技のために電車を停める訳にはいかなかったからだ。

 もう一つは、駅構内を左側通行としたのはオリンピックがきっかけだったということ。もともと武家の伝統で日本では人は左側通行が原則だった。また、イギリスから鉄道技術が導入されたため、それにならって左側通行が踏襲された。しかし、戦後GHQの指導で、駅構内も右側通行とするケースが増え、混乱していた。オリンピック直前に運輸大臣が「五輪中の駅構内は左側通行」と発表、今日に至っている。

オリンピックでフル規格になった長野新幹線

 1972年の札幌オリンピックでは、その年に札幌は政令指定都市となり、その前年にゴムタイヤ式の初の地下鉄が開業。地下鉄の両終着駅が競技会場の最寄り駅になった。

 また、1998年の長野オリンピックの開催決定を機会に、北陸新幹線の軽井沢~長野間はフル規格での建設が決まり、「長野行新幹線」として開業。その後、「長野新幹線」に呼称が変わった。

選手村へのBRT運行予定されているが......

 このようにオリンピックの開催を機会に鉄道が整備されてきたが、2020年の東京オリンピックではどうか。すでに東京では稠密な鉄道網が発達しており、観客向けの公共交通機関は鉄道が基本となり、鉄道駅から徒歩ないしシャトルバスの運行となる。また選手やメディアに対してはバスや乗用車による専用の輸送システムが準備される。

 本書では触れていないが、虎ノ門と晴海の選手村などを結ぶバスによる東京BRTのプレ運行(1次)が、5月24日から予定されている。

 しかし、新型コロナウイルスによる感染により、オリンピック開催への不安が国際的に出てきた。そういう意味では、本書の刊行のタイミングは微妙なものとなった。オリンピック関連本を企画している出版社は、はらはらしていることだろう。

 BOOKウォッチでは、オリンピック関連本として、『五輪スタジアム』(集英社新書)、新国立競技場を設計した建築家・隈研吾さんの『ひとの住処』(新潮新書)、『選手村マンション「晴海フラッグ」は買いか?』(朝日新聞出版)などを紹介済みだ。

  • 書名 オリンピックと鉄道
  • サブタイトル東京・札幌・長野 こんなに変わった交通インフラ
  • 監修・編集・著者名松本典久 著
  • 出版社名交通新聞社
  • 出版年月日2020年2月17日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・231ページ
  • ISBN9784330019208
 

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