監査役とは、なんとも因果な役職である。
会社の役員として一応の処遇は受ける。報酬は役付き取締役レベルといったところが世間相場だ。経営の暴走を食い止めるブレーキ役だけに、社長でさえも一目置かざるを得ない重い職責といえる。何よりも19世紀末に編まれた商法典にも明記されている伝統ある役職である。
その一方で、社長を目指す出世コースから外れた引き込み線のポストだったり、取締役になれなかった幹部社員の残念賞として扱われたり、というケースは少なくない。暇だから「閑散役」、お茶ばかり飲んでいるから「閑茶役」など散々ないわれようだった時代もある。
アベノミクスの中心政策の一つとして「コーポレート・ガバナンス」が据えられたことで、社外取締役とならんで監査役にも脚光が当たるようになった。勉強熱心な人が少なくないだけに、政府や取引所が出す規範やガイドラインのセミナーなどはいつも満員だが、では「ようやく出番が回ってきた」と腕を撫しているかといえば、そうとばかりはいえない。法律が定めている権限の重さにたじろいでいる人も少なくない。
本書『監査役事件簿』(同文舘出版)は、そんな監査役という仕事を深く理解するうえでの格好の事例集である。12の問いかけを示し、それにかかわる計50例の企業不祥事を取り上げた。判決文や調査委員会報告書、新聞報道などをもとに監査役が、そこでどんな役割を果たしたのか、あるいは果たせなかったのかを分析している。
問いは多岐にわたる。
Ⅰ 監査役の監査とは何か Ⅱ 監査役の会計監査とは何か Ⅲ 監査役は品質不正にどう向き合うのか Ⅳ 子会社の監査役が立ち向かった事件 Ⅴ 内部統制とは何か Ⅵ 取締役の監査役への報告義務 Ⅶ 経営判断原則の監査とは何か Ⅷ 調査委員会と監査役 Ⅸ 談合事件と監査役 Ⅹ 反社会的勢力に対する監査役 Ⅺ 違法融資と監査役 Ⅻ 労働問題と監査役
登場するのはオリンパス、東芝、日産、三菱自動車など、近年、社会を騒がせた巨大企業からベンチャーまで多彩だが、そこで取り上げられた不正や暴走の実態や顛末を知るほどに、どこで起きても不思議でないと思えてくる。
ガバナンスの在り方が厳しく問われるようになり、監査役にも損害賠償が命じられる事例が増えている。名義を貸しただけの監査役が会社の詐欺商法を見逃したとして責任を問われ、1100万円の支払いを命じられたケース(本文「FILE11」)など、報酬は月10万円と知ると同情さえしたくなるが、そんな言い訳は通用しない時代である。
気になる事例を拾い読みしても差し支えない。問題が起きた企業がよく実施する社内アンケートについての指摘を紹介しよう(「FILE23」)。「サービス残業はないか」という質問に対して、ある部門から「ほとんどない」という回答が来た場合は「サービス残業をする場合がある」と見て、自ら調査を開始する必要がある、といいきる。監査役ならばそのくらいリスク感覚を研ぎ澄まし、行動力を持たなければ落第というのは説得力がある。とはいえ、社内に波風が立つことは間違いなく、場合によっては、ようやく得た監査役ポストを賭ける覚悟さえ求められる。
また、反社会的勢力に食い荒らされた会社では、「ヒットマン(殺し屋)が来ている」という脅迫のなかで貸し付けを実行し、多額の損失を出した。命の危険まで感じる中で、監査役に何ができたのか。「この貸し付けに異議あり」と声を上げるのは、並々ならぬ勇気と覚悟が必要だが、筆者は「それは監査役に求められるものである」と結論付けた(「FILE44」)。トップの不正に対して職をなげうつ覚悟でストップをかけるのは、命まで取られるわけではないのだから、当然の職責という理屈になる。
著者の眞田宗興さんは大手メーカーなど数社の監査役を務めて、今も現役である。また、監査役団体の事務局長として後進の指導に当たるなど、ビジネスの現場での経験は豊富である。
最後に一つ、告白したい。偉そうに監査役論を振り回す評者も、ある企業の社外監査役を6年ほど務めている。どこまで経営の実態に肉薄し、暴走のブレーキ役たる仕事を果たせたのか。人の振り見て我が振り直せ、という戒めの言葉が何度も頭をよぎった。
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