NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」は、明智光秀が主人公だ。ドラマではちょうど、若き日の光秀と織田信長が初めて会ったところ。これまでとは違う光秀の姿を描くという前評判だったが、視聴率は少し伸び悩んでいるようだ。本書『信長の革命と光秀の正義』(幻冬舎新書)は、歴史小説家の安部龍太郎さんが光秀を突き動かした大義と使命について論じた本である。
安部さんは、『信長燃ゆ』、『信長はなぜ葬られたのか』など、信長関連の著書も多い。本書は新史料をもとに書き下ろした「本能寺の変」の最先端の解釈であると自負している。
章タイトルといくつかの小見出しを見ると、光秀の単独犯行説がありえない、という安部さんの見解が伝わるだろう。
第一章 光秀単独犯行はありえない 近衛前久の構想力と胆力 安土城を「御所」にしようとした信長 なぜ秀吉だけが迷わず光秀を討てたのか 第二章 謎だらけの明智光秀 本能寺の変当時、光秀は六十七歳!? 異例の出世を遂げたエリート光秀 秀吉は「本能寺」を知っていた!? 第三章 革命家信長の光と闇 信長が構想した公地公民・律令制 信長の首塚 第四章 戦国時代はグローバル社会だった 信長が生きたのは大航海時代だった 「グローバル日本」を消した鎖国史観 キリスト教の存在が信長と朝廷との対立を深めていた 第五章 戦乱の日本を覆うキリシタンネットワーク 信長を「育てた」イエズス会 イエズス会と決別、急速に不安定化した信長政権 葬儀もキリスト教式だった黒田官兵衛 第六章 「本能寺の変」前と後 経済的な視点から歴史を見る必要性 徳川でも豊臣でもない国づくり
光秀にも一章割いているが、多くが信長と彼が生きた戦国時代について書かれている。五摂家筆頭である近衛家の長男に生まれた近衛前久という人物に光を当てているのが特徴だ。織田信長と近衛前久。二人は互いの才を認め合い、時に戦い、時に「蜜月」を送ったという。
朝廷の最高実力者だった前久と信長が食い違ったのは、安土城を「御所」にしようとした信長の意図が明らかになったからだ。1999年の安土城発掘調査で、本丸跡の礎石位置が内裏の清涼殿に酷似していることが明らかになった。安部さんは信長が「遷都」を考えていたと推測する。天主から見下ろす位置にあり、朝廷を支配下におこうという野心があったと見ている。
「あろうことか、天皇の上に立とうとするなど、到底許されることではありませんでした。前久は、信長と袂を分かつ決意を固めます」
そして、前久が練った信長謀殺計画に光秀も組み込まれた、と書いている。この計画には将軍足利義昭も関わっていた証拠があるという。三重大学の藤田達生教授が発見した光秀の書状を紹介している。光秀は将軍の指示で動いていたというのだ。
さらに、本能寺の変の後、秀吉だけが備中高松から戻り、光秀を討てたのは、事前に周到な準備があったからだ、と指摘する。安部さんは秀吉にも密使を送り、仲間に引き入れようとしたと考えている。
「秀吉は一旦これに応じた。あるいは応じるふりをして、『光秀軍を討てば天下が転がり込んでくる』と算盤をはじき、『中国大返し』を実現する準備をしていたと思われます」 「前久は娘の前子(さきこ)を関白秀吉の養女とし、後陽成天皇の女御として入内させています」 「『本能寺の変』で手を汚した二人が、互いの利益のために手を結び、変の真相を徹底して闇に葬ったのです」
近衛前久という補助線を引くことによって、「本能寺の変」について、こうした新しい見方ができるのは魅力的だ。
後半は、戦国時代において想像以上にグローバル化が進み、信長と秀吉はイエズス会と深い関係を持っていたことを指摘している。こうしたことが、江戸時代の鎖国史観によって見えなくなっていたとも。
安部さんは自分の小説を裏付ける史料がその後出てきたことを最後に紹介している。黒田如水(官兵衛)を描いた『風の如く 水の如く』(集英社文庫)は、関ヶ原の戦いの時、如水がキリシタンのネットワークを使って第三極を作り、漁夫の利を得て天下を取ろうとしたという内容だ。
2年前、熊本県の八代市立博物館に保管された、一般社団法人松井文庫が所蔵する加藤清正書状に出会ったそうだ。書状は間接的にその計画にふれているという。そして新たな記録や日記類の発掘を期待する文で本書を結んでいる。
歴史小説の多くは、作家の想像力の産物だと思っていたが、安部さんの史料に基づく創作態度を知り、感銘を受けた。信長と光秀についての本書も実に刺激的だ。
BOOKウォッチでは、安部さんの『信長はなぜ葬られたのか』(幻冬舎新書)のほか、中世史家・早島大祐さんの『明智光秀』(NHK出版新書)など、関連本を数多く紹介している。
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