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「上皇」...知らなかった信長、見習った秀吉

上皇の日本史

 来年4月30日に天皇陛下は退位され「上皇陛下」になられる。皇室典範(昭和22年=1947年=制定)によって天皇の終身在位が定められてからは初めてで、江戸時代の光格天皇の譲位以来200年ぶりの「上皇」誕生となる。「上皇」というと、学校の日本史の授業を思い出すと「院政」とのセットになっている印象が強く、時代感覚的になにやら落ち着かない気にもさせられる。そのためか、名称の決定もすんなりとはいかなかったという。

 さまざまな点から想定外な「上皇」誕生だが、本書『上皇の日本史』(中央公論新社)の著者、本郷和人さんは「私たち歴史研究者からすると、古代の昔から、皇位を下りた天皇は『太上(だいじょう)天皇』、略して『上皇』とお呼びするのが当たり前」と冷静だ。現代ではだれも経験したことのない「上皇」。本書はその存在に戸惑うことなく向き合うための格好の参考書。

日本独特のシステム

 本書によると上皇は日本的な存在であり、世界には類例がないという。そのため、それに相当する特別な英語がなく「retired emperor(引退した皇帝)」のような訳になる。それは、一部例外はあるものの、欧州の歴史では、退位した王(皇帝)が上皇的なポジションを得て、次の王を差し置き采配を振るうということがなかったため。日本以外の国々では上皇のようなシステムが定着することはなかったという。

 本書では、どうしてそうした日本独特のシステムが成立したかを説明。そのなかで、藤原道長ら藤原氏の家父長が摂政・関白の地位を代々継ぎ権勢に努めたのにどうして自らが天皇になろうとしなかったのか、藤原氏はまた、院政に対して実権をあっさり上皇に渡しているが、それについてもどうしてなのかを分かりやすく解説する。

武家関白、太閤...

 下って戦国時代。上皇や天皇・朝廷に対する接し方は織田信長と豊臣秀吉とでは対照的だったようだ。信長は1568年、正親町天皇のときに上洛。織田家は、信長の父、信秀の代には天皇家に献金するなど、天皇の存在が忘れられている戦国時代にあって、天皇に対して意識の高い家だったという。ところが信長は、正親町天皇が自分の意に反する姿勢をみせたためか、譲位するよう働きかける。本郷さんは、信長が「退位した天皇は上皇となり、ますます権力を発揮するという可能性を知らなかったのでしょう」と述べる。もっとも、信長は天皇を超える立場を目指していたともみられ、人物の不可解ぶりも際立った格好だ。

 信長のあとを受けた秀吉は、信長以上の権勢を得て、天皇・朝廷に対しては信長とは違ったアプローチを行う。天下とりのために徳川家康を打ち負かさなければならない秀吉。そのために、天皇権限を代行するという、上皇がながらくやってきたことを秀吉が実践し、それが「武家関白」だった。また、のちに、甥の秀次に関白を譲り、自身は権力を維持した太閤となったことは、それまでの上皇のありかたと重なるものだ。

意外に豊かな朝廷貴族

 戦国時代が終わり江戸時代、社会はすっかり武家のもので、天皇や朝廷は貧しい生活を強いられていたのではと思われがちだが、徳川4代将軍家綱の時代に武断政治から文治政治への転換が図られ、このことが貴族社会にも潤いをもたらすことになった。

 平和な時代になり幕府は儀式が重視されるように。その様子は、平安時代の朝廷に例えられている。「忠臣蔵」で知られる、浅野内匠頭による「刃傷」の発生はその副作用。儀式といえば、総本山は朝廷であり、その価値が高まって天皇を見直す契機になったという。収入面でも江戸時代にはぐんとアップ。禁裏御料(天皇に割り当てた所領)は、足利時代3000石、秀吉の時代に7000石で、家康は1万石と定めたものも、その後増進し、3万石にまで達したという。朝廷のすべての経済力を合わせると、40万石~50万石程度の大名と同程度の豊かさだったという。

 本郷さんの著書はこれまで『日本史のツボ』(文藝春秋)や『天皇にとって退位とは何か』(イースト・プレス)などを紹介しているが、これらと同様、本書も明快な解説で分かりやすく、トリビア的に紹介されるエピソードも楽しい。

  • 書名 上皇の日本史
  • 監修・編集・著者名本郷 和人 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2018年8月 8日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書・301ページ
  • ISBN9784121506306
 

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