天皇陛下が2016年8月8日、「生前退位」を強く示唆するお気持ちをビデオメッセージで表明され、様々な関連本の動きが活発になる。本書『天皇にとって退位とは何か』は17年1月に刊行された。
その後、政府の有識者会議が最終報告書をまとめ、19年4月30日の退位が決まった。平成もあと1年ほど。何となくせわしい。
本書は古代からの天皇の歴史を、日本中世史が専門の本郷和人・東京大学史料編纂所教授が話し言葉で分かりやすく振り返ったものだ。活字が大きく、年配の読者も手に取りやすい。
「なぜ、天皇は『生前退位』を決意したのか」「天皇にとって『退位』とは何か」「天皇にとって『お務め』とは何か」「日本人にとって『天皇』とは何か」「天皇と日本人にとって『万世一系』とは何か」の5章にわたり、様々なエピソードも交えながら天皇と天皇制にまつわる諸問題に答えていく。
このあたりの本筋の話は、多かれ少なかれ、類書でも語られていることだろう。張作霖事件の部分など記述に疑問を感じたところもあるが、本書で「へぇー、そうなの」と思ったのは別のところだ。
まず著者は、天皇制の将来像をめぐり有識者へのヒアリングがしばしば行われるが、メンバーに歴史学関係者がほとんどいないと指摘する。その理由が面白い。戦前は皇国史観が大手をふるい、戦後は反動もあって、歴史学の世界ではマルクス主義的な唯物史観が全盛になる。今もその余韻が残り、大家と呼ばれる歴史学者には左翼的な人が多く、彼らは天皇制自体を否定したい。だから天皇の存続方法に絡む議論に彼らは参加したくない。
一方で、いわゆる右といわれている思想家や研究者のなかには平気でウソをついている人もたくさんいる。歴史的な背景や前提に対して無知なためにウソをついている人もいれば、なかには知っていてわざとウソをついているのでは、という人もいるというのだ。
著者のスタンスは、「右寄りの歴史観の立場にはいられない」、「でも、マルクス主義に縛られるのはいやだ」。自分としては「真ん中くらいに位置付けたいところ」という。
いささか乱暴な気がしないでもないが、これほどストレートに、天皇問題に関する学者の見取り図を、わかりやすく腑分けした歴史学者は珍しいのではないか。
ところで、次なる天皇になられる皇太子殿下は、一部では知られているが、歴史学(交通史、流通史)の研究者でもある。『中世日本の諸相/下』(吉川弘文館、1989年刊)という論文集には、執筆者の一人として名を連ねている。昭和天皇はヒドロ類 今の天皇はハゼの研究で知られるが、いずれも自然科学。皇太子は純然たる歴史学者なのだ。当然、天皇家の歴史についてもお詳しいと推測できる。
同じく中世史研究者の本郷先生も、やがて親しくお話をする機会が来るかもしれない。あるいはすでにお話をされているのだろうか。
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