各国の政策責任者たちが徹夜覚悟で脂汗を流しながら練り上げるのが、国際会議の最後に出される共同声明や同意文書である。主張の対立がいかに深刻でも、それが市場に無用な混乱を招かないように穏当な表現で包み、とはいえ誤ったメッセージを発信しないようにと表現を厳選する。
取材に当たっている記者たちは、一見すると味も素っ気もない言葉の羅列に目を凝らし、前回との違いや新たに加わった文言から、その背景をあぶりだす。評者も海外勤務で何度も体験させられただけに、本書『リーマン・ショック 元財務官の回想録』(毎日新聞出版)を興味深く読み進んだ。
著者の篠原尚之氏は欧米やアジアとの金融交渉に日本政府の実務責任者として臨み、2010年から5年間は国際通貨基金(IMF)の副専務理事を務めた。その舞台裏をつづるには、これ以上の適任者はいない。
米国発の金融危機が世界を揺さぶった08年の「リーマンショック」。各国はその収拾を急ぎながらも、危機感には濃淡がある。10年前に大銀行や証券会社の破綻処理に迫られた日本が、自らの経験から、預金の全額保護、不良債権の切り離し、銀行の国有化などをセットで行う重要性を説く機会が少なくなかったことをあらためて確認し、皮肉な思いにとらわれた。
枝葉のエピソードはできるだけ省き、正確さを期す姿勢を貫きながらも、ところどころに著者の思いがにじみ出る。例えば、日本語版のサービス。主要7カ国(G7)の財務大臣・中銀総裁会議など、多くの国際会議で日本記者団に配られるのが通例だが、「他の国では、仏語にしたり伊語にしたりという作業はしていない」と違和感を隠さない。とはいえ、「各社にいい加減な翻訳をしてほしくないという事情があるのは事実」と本音を漏らす。
09年2月、当時の中川昭一財務相がG7会合後の共同記者会見で大失態を演じた。発言は呂律が回らず、あくびをして、目が虚ろという「もうろう会見」である。これについては、「対外的にアピールする場であっただけに残念」というにとどめているが、会議を下支えしてきた著者の無念さが伝わってくる。
もう一つのお奨めは、「東アジアの金融協力の行方」を取り上げた第4章である。
東アジアの金融協力の仕組みを日本主導で築こうとしたものの、米国の逆鱗にふれて1か月で頓挫したアジア通貨基金(AMF)構想、途上国援助における負担規模を巡る中国とのつばぜり合い、中国主導で生まれたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の評価など、内容は多岐に及ぶ。
中国が台頭し、韓国も力を付けているアジアでの日本の戦略を考えるうえで不可欠な情報ばかりである。
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