オリンピックが終わると、五輪スタジアムはどうなっているのか? 各国を訪ね、関係者への周到な調査を通して実態を浮き彫りにしたのが、本書『五輪スタジアム』(集英社新書)である。オリンピックの「遺産」として継承されているところもあれば、「廃墟」として朽ち果てているところも。果たして東京はどうなる?
著者の岡田功さんは、大阪成蹊大学経営学部スポーツマネジメント学科教授。毎日新聞の経済部記者を経て、フルブライト研究員のほか、ハーバード大学、オックスフォード大学の客員研究員をつとめた。
留学時の研究テーマが「五輪スタジアムの維持・運営」。1972年ミュンヘン大会から2016年リオデジャネイロ大会まで12の夏季五輪開催地を回った。スタジアムの事業者・運営管理者、核テナントの中枢人物に会い、データの提供を求めるとともに、「スタジアムの有効利用に失敗または成功した理由」「核テナントや音楽コンサート誘致の現状と課題」「競合施設が与える経済的な打撃」「交通アクセスを含めた使い勝手」などを聞き出した。このあたりは元新聞記者の経験が生きたようだ。
1972年ミュンヘン、1976年モントリオール、1980年モスクワ、1984年ロサンゼルス、1988年ソウル、1992年バルセロナ、1996年アトランタ、2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロの各夏季五輪のスタジアムの現状を第一章で報告している。
冒頭、著者は「ホワイト・エレファント」(白い象)という言葉を使っている。使い道がないのに維持費だけが高くつく建物や施設を指す英語で、「無用の長物」と訳されることも多いという。ホワイト・エレファントとして放置されているものもあれば、核テナント(サッカーチームなどのホーム)を持ち成功しているもの、新しいプロジェクトなどで転換しようとしているものなどがあった。見出しが各地の現状をうまく言い当てているので、そのままに紹介しよう。
「建て替えできない」スタジアムの生存戦略 ミュンヘン 30年間の「空き家」が企業オフィスに変貌 モントリオール 固く門が閉ざされた巨大スタジアム モスクワ 築90年の「遺産」を大学が引き受けた ロサンゼルス 7万の観客席で観衆1000人のホームゲーム ソウル バルセロナ再生の落ちこぼれ バルセロナ 球団に逃げられたスタジアム アトランタ 政府が買い戻して大改修に着手 シドニー そして「廃墟」だけが残った アテネ 商業化は頓挫し、維持費は観光客頼み 北京 建設費は602億円、改修費は452億円 ロンドン 公共料金も払えないスタジアム リオデジャネイロ
まだそれほど日が経っていないのに、廃墟と化したアテネ、リオデジャネイロの惨状が痛々しい。また各地で所有者や運営主体が移り、再生のための動きがあることも紹介している。
これらを踏まえて、第2章では「負の遺産化を防ぐ」8つの要因を挙げている。
1陸上トラックの撤去 2客席数の削減 3継続的な設備投資 4至便な交通アクセス 5近郊に競合施設がないこと 6開催都市の健全な財政状況 7独創的なデザインと世界的な認知度 8周辺地域との一体開発の成功
そして、第3章では、2020年東京の新国立競技場について論じている。陸上トラックについては撤去、残置の両方の報道がされ、結論は出ていないようだ。五輪後に客席の増設工事を予定していることに対し、維持運営を難しくする「戦犯」と指摘している。
また、デザインも世界的に高い認知度を得るとは思えず、周辺地域との一体開発も望めない、交通アクセスはいいが、スタジアムをより魅力的な場所に変えるための設備投資を継続的に行えるか、当事者の覚悟が必要だ、としている。
さらに新国立競技場の固有の問題として、暑さ対策を挙げている。国内外の建築家がそろって暑さを懸念。観戦中または競技中に熱中症で亡くなる人が出る場合、「『先進国ニッポン、技術国ニッポン』のブランドイメージは地に落ちるだろう、そのリスクとダメージを日本は果たして理解しているのか」と問われたという。
新型コロナウイルスの感染により、東京オリンピック開催の是非が国内外で問われるようになってきた。新国立競技場で無事に開会式を迎えることが出来るのか。本書は微妙な時期の出版となった。
BOOKウォッチでは、新国立競技場を設計した隈研吾さんの『ひとの住処』(新潮新書)を紹介したばかりだ。
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