2年後の東京オリンピックは、前の東京大会から半世紀を経て開かれる。本書『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』(KADOKAWA)は、前の東京五輪の2年前に初めて来日した米国人作家、ロバート・ホワイティングさんが、この50年間の東京や日本の変貌ぶりを、自らの軌跡に合わせてつづった「自伝的現代史」だ。
ホワイティングさんは、それまでになかったアウトサイダー視点で日本のプロ野球を評論した作品や、東京の裏社会をルポした『東京アンダーワールド』などのノンフィクションで知られる。本書では、これらで描き切れなかったと思われるエピソードや出来事が豊富に盛り込まれているが、回想ながらなお迫真性を保ち、その臨場感は時代を越えて刺激的だ。
ホワイティングさんは19歳の大学生だった1962年、米空軍に入隊し東京・府中の空軍基地に配属され初めて日本にやってきた。戦後まだ十数年、日本では混乱が続いており、米国からは到着まで3日間かかるという時代。日本には当然、今のような情報発信力はなく、とくに日本に対する興味や知識はなかったという。
勤務先は「太平洋軍電子諜報センター」。出入りが厳しく管理されている施設で窓もなく、盗聴防止のためか壁の厚さは1メートルもあったという。NSA(国家安全保障局)とCIA(中央情報局)の合同指揮下にあり、現代とのテクノロジーの差は不明だが、電子スパイ活動や暗号解析を行っていたという。施設近くの商店街には、中華レストランやコリアン風焼肉レストランがあり、これらの経営者には「潜在的にはスパイの可能性があるように思われた」と述べる。また、府中にながく住んでいるという「酔っぱらいの白系ロシアの老人」がバーで片言の英語でよく話しかけてきたそうで、こちらも疑わしい存在だった。
当時は「冷戦時代」。米軍の一員としては外国での飲食は落ち着いて楽しんではいられなかったようだ。ホワイティングさんが来日した年にソ連との間で「キューバ危機」が起きているが、この時の緊張感は、極東の情報施設にあっても相当なものであったことが伝わってくる。
府中で過ごしたのは3年間。この間、電車で30分ほどの新宿によく出かけたという。新宿に限らず来日当時の東京の街はどこも、人の群れがあり、建設工事が目に付き、激しい混雑と交通渋滞が加わり、騒音だらけだったという。当時は高度成長期のただ中。1956年度の「経済白書」の序文で「もはや戦後ではない」とうたわれたが、成長期のカオスともいえる時期だったよう。
「セメントの臭いが街中を覆いつくし、あらゆる人の五感を猛攻撃していた」。そのため、交通警官は小型の酸素ボンベを携帯し、歩行者の多くはマスクをつけていたという。現代でも、成長著しい国から同じような光景が報じられている。
セメントの臭いも、その一部なのか、当時の東京は非常に臭かったという。都内の家屋のトイレはほとんどが汲み取り式で、街の道路の脇の排水溝には家庭からの排水がそのまま流されていた。東京のいたるところで悪臭が漂っていたというから、現代の都市環境からはなかなか想像ができない。
ホワイティングさんは、1964年の五輪をきっかけにして東京に魅せられ、除隊前から英語教師として働きはじめ、その後は、NSAなどで継続して働く道もあったようだが、それを辞退し帰国しないで上智大学に編入。日本社会での生活を始めた。日本に対する興味はどんどん広がり知り合いも増え、知識も、事によっては日本人以上の蓄えをもつようになり執筆活動を本格化させる。
本書は、2つの五輪の間の50年間をつづったものだけに592ページと辞書並みの大著。全12章から成り「オリンピック前の東京で」「米軍時代」「一九六四年東京オリンピック」「駒込」「日本の野球」「住吉会」など6章までで前半生が描かれる。後半6章は「ニョーヨークから東京へ」「東京のメディア」「バブル時代の東京」「東京アンダーワールド」「MLBジャパン時代」「豊洲と二〇二〇年東京オリンピック」。
そのなかには、その英語家庭教師を務めた、現読売新聞グループ本社代表取締役主筆、渡辺恒雄氏とのことや、プロ野球の外国人選手が日本の野球をどうみているかなどのナマの声、東京の繁華街で暗躍する怪しい人物との暮らし、ジャイアント馬場やザ・デストロイヤーらの逸話など、興味深い話が次々と登場する。
訳者の玉木正之さんは「訳者あとがき」で、本書がホワイティングさんによる1960年代の「東京のナマの姿」を活写した作品であることを指摘。「それらの細かい描写は、往事を懐かしく振り返ることのできる年配者の読者にとっても、初めて知る当時の事実を驚きとともに読み進む若い読者にとっても、すべて興味津々の内容にちがいない」としたうえ、訳出できたことで「大きな満足感に浸っている」と述べている。多くの読者は、読後の感想として同じことを思うに違いない。
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