俳句はわかるけど、連句って何? と思っている人も多いだろう。本書『連句日和』(自由国民社)は、昨年(2019年)亡くなったイラストレーターの和田誠さんら4人による連句を紹介したものだ。一つひとつの句ごとに解説、コメントが付いているので、これから連句をやろうという人には参考になるだろう。
和田さんと歌人の笹公人さんの二人で連句をやり、『連句遊戯』(白水社)にまとめた。それを読んだ作家の丸谷才一さんが、「ふたりより三、四人でやったほうが面白いよ」とアドバイス。イラストレーターの矢吹申彦さん、歌人の俵万智さんが順に加わった。
俵さんが簡単に連句について説明している。
「おおざっぱに言うと、発句五七五から始まって、七七、五七五、七七......と言葉をリレーしてゆくのが連句だ。その連句の代表的な形式が、三十六句でできている歌仙(十八句の場合は半歌仙)。場所によって、特定の季節が決まっていたり、花の座、月の座では必ず花や月を入れなくてはならないという決まりがあったりする。最後の句を『挙句』というが、挙句の果てという言い方は、ここから来ている」
7つの章にそれぞれの歌仙が納められている。
俵さんが加わった第5章「新年――みちのくの巻」から一部引用しよう。
<初折の表> みちのくに帰る「はやて」や去年今年 俵(新年)発句 車窓より見ゆ初凪の浜 和田(新年) 寅の夢春一番に破られて 矢吹(春) 月に帰りしスーの微笑み 笹(春の月) 逃げ水のようなリボンの青々と 俵(春) 雲と駆けゆく幻の騎士 和田(雑)
始まりになる発句は当時、東北に住んでいた俵さんが東日本大震災と東北新幹線にかけて詠んだ。それを受けて、和田さんが列車から見る海岸風景、さらに矢吹さんが初凪から春一番の寅さんの夢、笹さんが春一番からキャンディーズのメンバー、スーちゃんこと田中好子さんへの追悼......と連想が広がっていった様子を解説している。
4人が実際に集まった訳ではない。メールで句を送り、自分なりの句ができた時に送ったという。俵さんは「早い時は数時間、たいていは数日以内でできたが、締切のプレッシャーはなく、創作の時間を純粋に楽しむことができた。次の句がどんなふうになって回ってくるのか、心地いい緊張感とともに、わくわくしながら待っていた」と書いている。
笹さんが舞台裏を明かしている。3人で始まったのは2011年の1月。ファクスでやりとりをした。順調に進んでいた歌仙は3月11日の東日本大震災を機に停止する。3日後に再開したが、それ以降の句にはどこかしら震災、津波、太平洋戦争を思わせるものが多いという。
寝不足の東電社員寒月下 笹(冬の月) 着ぶくれて待つ停電の明け 矢吹(冬)
上記のような計画停電を詠んだ句もある。俵さんは震災を機に仙台から石垣島に移住した。
矢吹さんによると、この時の3人によるファクス歌仙は、発句から挙句まで早くて9日間、その倍になることもあったという。間に休みもあり、本書の七巻の歌仙は完成までに3年以上かかった。
笹さんは1975年生まれ、矢吹さんは1944年生まれ、俵さんは1962年生まれ、和田さんは1936年生まれ。笹さんは「連句は、年齢も性別も経歴も距離も飛び越えて、人と人との心をつないでくれます。俳句や短歌の経験がなくても大丈夫です。ルールがちょっと細かいという部分もありますが、慣れればなんとかなります」と、連句を勧めている。
「歌仙を巻く」というが、今はラインやフェイスブックを使って歌仙を巻くことも可能だ、と俵さん。
和田さんが参加した最後のやりとりは以下の通り。
<名残りの裏> すき腹でラヂオを聴くや終戦日 和田(秋) 液晶テレビに笑うタモリよ 笹(雑) 殿方に囁くやうにセールスマン 矢吹(雑) 来たとうしるしに残すアメ玉 俵(雑) 花吹雪スイートホームを包みけり 和田(春の花) 目覚めの雛がキョンキョンと鳴く 笹(雑)挙句
もともとは笹さんが面識のない和田さんに歌集を送り、礼状から文通が始まり、連句を二人でやったことがこの歌仙につながった。天国の和田さんも本書の刊行を喜んでいることだろう。
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