住野よるさんのデビュー作『君の膵臓をたべたい』(双葉社)は実写映画化、劇場アニメ化され、累計300万部突破の大ベストセラーとなった。そしてこのたび、デビュー5周年を迎えた住野さんの初の恋愛長篇『この気持ちもいつか忘れる』(新潮社)が刊行された。本書は「小説家×ミュージシャン」のコラボを実現した異例の作品となっている。
住野さんが学生時代から敬愛するロックバンド・THE BACK HORN。本作は、住野さんがTHE BACK HORNと構想段階から打ち合わせを重ね、創作の過程も共有しながら執筆した。「小説と音楽の境界を超え、お互いの創作にインスパイアされることで生まれた密接なコラボレーション作品」である。
「どうしてもTHE BACK HORNの楽曲を聴きながら作品世界に浸ってほしい」――。こうした住野さんの熱い思いから、まず今月、THE BACK HORNのCD(5曲入り)がついた『この気持ちもいつか忘れる CD付・先行限定版』を刊行。そして来月、本文のみ・CDなしの書籍と配信音源がリリースされる。
小説家とミュージシャンが作品制作の段階から互いに影響し合い、1冊の本として刊行するのは出版・音楽史上初の試みという。今回のコラボ実現にあたり、住野さんとTHE BACK HORNは次のようにコメントしている。
「敬愛するバンドTHE BACK HORNと共に、小説と音楽の境界線をこえようとした新作が刊行されます。小説と音楽で完成する作品です。二つの異なる文化が折り重なり、どうかあなたの心を穿ちますよう願っています」(住野)
「お互いをリスペクトし、刺激し合い、想像し合い、共鳴して生まれた渾身の作品です。二つの表現にそれぞれの楽しみ方がありながら、両方を行き来し、個々に芽生えた感情が混ざり合う時、皆さんの心にどんな新しい景色が描かれるかとても楽しみです。そして、それが少しでも皆さんの日常を照らし出すものでありますよう願っています。小説と音楽の無限の可能性が広がってくれたら嬉しいです」(THE BACK HORN)
住野よるさんは、高校時代より執筆を開始。2015年デビュー。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『麦本三歩の好きなもの』がある。
THE BACK HORNは、1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聞く人の心をふるわせる音楽を届けていくというバンドの意思を掲げている。そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観から、映像作品やクリエイターとのコラボ多数。
ちなみに、新潮社サイトに設置された本書の特設サイトでは、プロモーション動画、住野よる×THE BACK HORNの座談会など、より深く作品を楽しむためのコンテンツが閲覧できる。
「どうやらこの生涯っていうのは、くそつまんねえものだ」
「誰か俺の気持ちごと連れ去ってくれ、こんな意味ねえ場所から」
主人公・香弥(カヤ)は、退屈な日常に飽き飽きして暮らす男子高校生。香弥は平凡なクラスメイトたちを内心見下し、軽蔑しながら、自身も「つまんねえ」人間であることを自覚していた。
香弥はランニングを日課にしている。ゴール地点は、現在は使われていない真っ暗なバス停。「外はほんのりと明るく、それがまたこの場所とつまらない外とを違う世界のように感じさせてくれる」場所だった。ある夜、バス停のベンチに座ったまま眠ってしまった香弥。目を覚ましたときには0時を回り、16歳の誕生日を迎えていた。
すると、暗闇の中で女性の声がした。淡く緑色に光る小さな物体が見えた――。香弥が出会ったのは、目と爪しか見えない異世界の少女・チカだった。あまりにも思いがけない出会いにはじめは動揺したが、その日から香弥とチカはバス停でたびたび時間を共有することとなる。
チカは不定期に現れ、会えば互いの世界について質問し合った。二人の世界に不思議なシンクロが見られること、一度きりでなく何度も会えることから、香弥はチカとの出会いに何か意味があるのではないか、この出会いで自分の人生を特別なものに変えられるのではないか、と思いはじめる。
何事にも苛立ちと諦めの姿勢を貫いてきた香弥は、チカにだけ心を開き、いつしか恋愛感情を抱くようになる。チカとの出会いによって、退屈と特別、現実と異世界の間で揺れ動きながら、生きることに少しずつ意味を見い出していく香弥。しかし、ある日を境にチカは現れなくなった――。
「どうやらこの生涯っていうのは、楽しいとかつまらないとか、そういった強い感情を持つほどのものではない。一時の突風にも例えられる感情を抱くことはあるが、すぐに風は去り、残りの時間はその風の記憶をありがたがって生きる余生に過ぎない」
本書は「本編」と「誰も望まないアンコール」の二部構成。「本編」は香弥とチカの別れで幕を閉じた。「誰も望まないアンコール」はその14年後、30歳の香弥が登場する。周りを見下し、苛立ち、諦めている姿勢は変わっていない。ただ、16歳の頃に吹いたチカとの出会いという「突風」の記憶が、そこに加わっていた。
「煌めく記憶を、無二の突風を、忘れることなんて、こんな薄い日々の中ではたとえ忘れたくとも不可能であろう」と思いながら、香弥は社会人として日々をこなしていた。ところがある時、チカへの想いだけを抱き続けて生きてきた自分が、一瞬、その想いを忘れていたことに気づく。
「あの時の想いの強さを、重さを、激しさを。心の中で描けない」
「チカが、嘘になってしまう。俺は、必死に、必死に、あの日々に心を寄せる」
心のよりどころにしてきた記憶も、あの時あれほど強かった気持ちも、忘れたくない。でもいつか忘れる。それでも、一つも嘘ではない――。
本書は「ジャンルを超えた全く新しい共作のかたち」という点で注目の作品になるに違いない。しかし、そうした珍しい要素や力の入ったプロモーション抜きにしても、本書は心に跡を残す作品だと感じた。なんとも読み応えのあるこの壮大な物語を、ぜひ多くの人に体感してほしい。
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