コロナ禍で雇用にも大きな影響が及んでいる。求人倍率が下がり、非正規労働者は大量に職を失っているようだ。中でも大変なのは外国人労働者ではないかと思い、本書『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)を手に取ってみた。残念ながら、本書は5月刊行であり、取材執筆はそれ以前だったので、コロナ禍に関連するものではなかった。しかし、いろいろと興味深い話が掲載されていた。
日本で働く外国人労働者については何冊もの本が出ている。新聞やテレビでもしばしば報じられている。どちらかといえば、「負」の側面の話が多い。しかし、物事には「光と影」がつきものだ。本書の場合、類書に比べて、「光」の話が多いと感じられた。
冒頭は、「出稼ぎベトナム人」の成功物語だ。日本で技能実習生として働くベトナム人、グエン・ヴァン・ロイさん(24)が故郷に立派な家を建て、両親に感謝されているという話。3年間の技能実習中の手取りは17万円。生活費は3万円に切り詰め、残る14万円は毎月、仕送りしてきた。故郷には自宅を新築した。約300万円の建設費はすでに完済している。日本で知り合った同じ技能実習生の女性と結婚したという。
実際のところ、「月3万円」で「健康で文化的な最低限度の生活」が可能なのか心配になるが、姉も現在、技能実習生として名古屋の会社でドアフレームの検査をしている。姉の旦那さんも元技能実習生だという。
ベトナムの農村部に行くと、技能実習生が建てた家がたくさんあるという。ベトナムの農家の月収は1~2万円らしい。レンガ造りの二階建ての家が400万円ぐらいで建つそうだ。
ベトナムには近年、多数の日本企業が進出している。日本語がある程度できれば、ベトナムに戻ってから、そうした日本企業関連の仕事に就くことも可能だ。日本で貯めた資金を元手に新規ビジネスに挑む人もいる。
本書は以下の構成。
序章 ベトナム人技能実習生になりたい 第1章 なぜ、借金をしてまで日本を目指すのか 第2章 なぜ、派遣費用に一〇〇万円もかかるのか 第3章 なぜ、失踪せざるを得ない状況が生まれるのか 第4章 なぜ、特定技能外国人の受け入れが進まないのか 第5章 ルポ韓国・雇用許可制を歩く
日本にいる「技能実習生」は2019年末で約42万人。その半分強にあたる約22万人がベトナム人だ。11年末には1万3789人しかいなかったから急増ぶりが際立つ。最大の供給国となっている。したがって本書もベトナム関係の取材が軸になっている。ベトナム政府が「労働力輸出」を推進していることもあり、農村部の若者たちが、多額の借金を背負ってまで来日する。彼らの夢は「300万円貯金する」ことだ。
もちろん、ロイさんのように故郷に錦を飾る者もいれば、悪徳ブローカーの餌食となる者もいる。劣悪な企業から逃げ出す失踪者は後を絶たない。日越の関係機関、実習生、支援団体を取材し、単純労働者の受け入れ先進国・韓国にも飛んだ。国際的な労働力移動の舞台裏を全部書いた――というのが本書の概要だ。
著者の澤田晃宏さんは1981年生まれ。フリーのジャーナリスト。NPO法人日比交流支援機構理事も兼ねる。「月刊高校教育」(学事出版)で「ルポ外国にルーツを持つ子どもたち」を連載中だという。
本書の原稿は「アエラ」「Business Insider」などが初出。ベトナム、韓国の現地取材は、ヤフーニュース特集編集部によって可能になった。ヤフーで配信された「なぜベトナムの若者は日本の技能実習生になるのか――ハノイで見た『それでも』行く理由」は多くのアクセスを稼いだという。その記事をちくま新書の編集長が見て、今回の出版につながったそうだ。
冒頭に「光と影」と書いたように、澤田さんは、「現場が良くわかっていないメディアが技能実習を『奴隷労働』などと安易に切り捨てることがあるが、日本企業が外国に出向き、首根っこを捕まえて労働者をつれてきているわけではない。彼らは自ら手を挙げ、日本を目指しているのだ」と念を押している。
一方では、日本の管理団体や企業の関係者がベトナムにまで実習生面接などで来たときは、ベトナム側の送り出し機関が接待することも書いている。マッサージ、カラオケまでは送り出し機関持ちで、中にはさらなる接待を求めるケースもあるらしい。ベトナムでは売春が禁じられているが、「そこだけはベトナム政府公認の売春クラブと言われている」高級ホテルがハノイ市内に二つあるそうだ。これらのコストは回りまわって、実習生本人が払うことになる。このあたりの詳細についての取材は極めて念入りだ。
しかしながら本書で極めて強く印象に残ったのは、これらのリアルな実態だけではない。現地取材などを重ねる中での澤田さんの嘆息である。
澤田さんは高校中退後、建設現場作業員、男性向けアダルト誌編集者などを経て現在に至っている。出版不況でフリーの物書きはもはや成り立たないと言われて久しい。それでも書き続けたいのなら、収入の安定した奥さんを持つか、生活費を確保するために別の仕事を持ちながらやるしかない、というのが先輩諸氏のアドバイスだった。そこで澤田さんは後者を選んで、NPO法人日比交流支援機構の活動に理事として参加、企業の外国人採用のコンサルティングなどにも関わっているようだ。
日本とベトナムを比較し、「実習生たちの母国が急成長を遂げる一方、ほぼ20年間、賃金が低迷し続ける日本・・・」とため息をつく。これは、生活が楽にならない澤田さん自身の実感でもあるだろう。日本に働きにくれば「3年で家が建つ」ベトナム・・・。その現地取材をしながら思わず、「俺も技能実習生になりたいわ」と、関西弁でつぶやいたことがあった。通訳は意図をつかめず、ただ笑っていたという。
本書は、現状のみならず、今後の展望についても触れている。「第5章 ルポ韓国・雇用許可制を歩く」は、日本と同じように外国人労働者に頼る韓国の話。いろいろと新しい取り組みをしている。日本との違いなど参考になる関係者も多いのではないだろうか。
BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『コンビニ外国人』(新潮新書、2018年刊)はコンビニで増える「留学生」の実態を伝えていた。日本にいる外国人留学生は27万人。そのうち26万人がアルバイトをしている。5年で2.5倍。そのうちコンビニで働いているのは約5万人。
バイト漬けの留学生が多いのは、日本では留学生が週28時間まで働ける仕組みになっているからだ。これは国際的にみて極めて緩い基準だという。同書はコンビニのおにぎりを例にとりながら、おにぎりを製造する工場、その先のコメ農家やカツオ漁船でも外国人が働いていると指摘していた。これらの労働者はたいがい「技能実習生」だ。コンビニで商品を買っているだけでは見えてこない場所で彼らが働いている。
『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年刊)は日本とベトナムを3年余り行き来しながら、139人のベトナム人に聞き取りしてまとめた労作。「貧困ジャーナリズム賞2019」を受賞。同書もヤフーニュース連載がもとになっている。
『国家と移民――外国人労働者と日本の未来』 (集英社新書、2020年刊)は30年にわたって劣悪な条件で働く外国人を支援してきた鳥井一平さんの体験をもとにしている。鳥井さんはアメリカ国務省から「人身売買と闘うヒーロー」として表彰され、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも登場した。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?