コロナ禍で飲食業界が大打撃を受けている。どの店も火の車。コロナ前はメディアで注目され高く評価されていた店も例外ではない。
本書『売上を、減らそう。――たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)は一年余り前の刊行。「一日100食限定」の店の物語だ。読みながら現在の様子をネットなどで確認してみると・・・「コロナ後」の厳しさを再認識した。
本書の著者、中村朱美さんは1984年生まれ。京都でステーキ丼の店「佰食屋(ひゃくしょくや)」を経営している。2012年に夫と二人で始めた。店は軌道に乗り、多数のメディアで注目されるようになる。単においしいというだけではない。大きな理由は、中村さんたちの経営方針にあった。
・ランチのみの国産牛ステーキ丼専門店 ・税別1000円。どれだけ売れても、一日100食限定 ・早く売り切れれば早く帰れる ・営業わずか3時間半、11時から14時半 ・飲食店でも、残業ゼロ
労働時間を極限まで絞りつつ、売上を上げる。どれだけ儲かったとしても「これ以上は売らない」「これ以上は働かない」。仕事以外の時間は自分の好きなように使う。日本社会の「働きすぎ」が指摘される中で、画期的ともいえる経営方針だった。中村さんは、飲食店関係者だけでなく、すべての働く人に、この「佰食屋モデル」を伝えたいということで、本書を執筆したと書いている。 その心意気、理念はすばらしいものだった。
中村さんの父はホテルのシェフだった。帰宅するのはいつも家族が寝ている時間。やがて交通事故の後遺症で立ち仕事が難しくなる。経理部門に配置換えになり、ようやく家族そろった夕食ができるようになった。そんなこともあって、父からは「飲食の仕事はやめときや」と言われていたが、中村さんは食べることが大好きだった。そこで、これまでの飲食業界の常識とは異なる店づくりに挑戦した。「理想とする働き方」を自分の店で実現したいと考えたのだ。
加えて予想外のことがあった。長女に続いて生まれた長男が、8か月検診で脳性マヒと診断された。今も右半身が動きにくく、朝と夕方と寝る前にはリハビリが必要だ。子どもたちと過ごす時間をなるべく長くしたい、ということから逆算して、働き方を考えざるを得なかった。
店は評判を呼び、15年に2店舗目の「すき焼き専科」、17年に3店舗目の「肉寿司専科」をオープン。しかし、18年6月の大阪北部地震と7月の豪雨、9月の台風21号で大きなダメージを受け資金繰りが悪化した。「生きた心地がしなかった」という。何とか乗り切り、19年6月に4店目「佰食屋1/2」をオープンというところまでが、本書の内容だ。
このコロナで「佰食屋」はどうなっているのか。ホームページを見ると、きわめて厳しい現状がつづられていた。「すき焼き専科」と「肉寿司専科」は6月30日に閉店。その様子はテレビでも報じられた。
コロナ自粛で、4月11日から5月24日までは店を閉め、テイクアウトのみの営業を強いられた。7月6日からの「テイクアウトお渡し時間」は、「11時~14時30分もしくは17時~17時30分」という告知も出ていた。夕方も働いているようだ。
中村さんの会社は、シングルマザーや高齢者をはじめ多様な人材の雇用を促進する取り組みが評価され、2017年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選出されている。中村さん自身も、19年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞(最優秀賞)を受賞した。20年1月には朝日新聞にも大きく取り上げられていた。
革新的な経営、それも従来の業績至上主義とは真逆のビジネスモデルを実現させた経営者として、多方面から注目されていた中村さん。当分の間、「生きた心地がしない」状態が続くと思われる。「佰食屋」ほどの人気店でも、これほど苦労しているわけだから、普通の店はさらに苦しいに違いない。
コロナ禍の時代、さらにはウィズコロナの時代をどう生き抜くか。中村さんなら、この危機を乗り越え、やがて復活してくることだろう。そして再び壮大な理想に向けて邁進していただきたいと思う。なぜなら、中村さんがチャレンジしてきたことは、単に自分の店のみならず、日本人の新しい働き方の可能性を示したものであり、私たちの問題でもあるからだ。
BOOKウォッチでは関連で、『巣ごもり消費マーケティング ~「家から出ない人」に買ってもらう100の販促ワザ』(技術評論社)、『観光ビジネス大崩壊 インバウンド神話の終わり』(宝島社)、『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書)、『百貨店・デパート興亡史』(イースト新書)なども紹介している。
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