作家、月村了衛さんにはいくつもの貌がある。メカニックな新型機甲兵装をまとった警視庁警察官が活躍する『機龍警察』シリーズなどSF作家としての貌。もう一つ、大藪春彦賞の『コルトM1851残月』など時代小説家としても知られる。そして、本書『奈落で踊れ』(朝日新聞出版)において、まったく新しい現代のピカレスク小説の書き手として登場した。
1998年、当時の大蔵省官僚7人が逮捕・起訴された「大蔵省接待汚職事件」は、その接待現場から「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件とも呼ばれ、世間を騒がせた。「パンしゃぶ」は流行語になり、事件は大臣らが辞任するまでに発展し、その後、大蔵省と金融庁が分離する原因にもなった。
この事件にインスピレーションを得たのが、本書である。舞台となった店を「ノーパンすき焼き」の店に変えているが、事件の構図は同じだ。
接待を受けていた89年入省組の4人は、処分を逃れるため、同期で"大蔵省始まって以来の変人"と言われる香良洲圭一に協力を要請する。香良洲は消費増税に反対する論文を発表したため異端児とされ、すぐに地方の税務署長に飛ばされていた。だから、接待に与る余地はない確実な「シロ」。ちょうど本省に戻り、いま大臣官房文書課課長補佐として処分案を作る立場にあった。
香良洲は元妻で与党・社倫党政治家秘書の花輪理代子から、政財官界の顧客リストの存在を告げられる。香良洲はフリーライターの神庭絵里に調査を依頼、絵里は暴力団・征心会若頭の薄田に接近する。
政治状況は、自民党が日本社会党と新党さきがけ連立政権を組んでいた時代を模している。安倍一強と言われる今と違い、適度な緊張関係があった頃である。
香良洲には出世しようという野心はない。大蔵省の主流派が進めようとする緊縮財政路線を食い止める、その一心で危ない橋を渡る。
この機に乗じて、反対派を粛正しようという主計局長の幕辺もまた、香良洲にミッションを与える。顧客リストは手に入るのか、そして、大蔵省の処分リストはどうなるのか?
大蔵省には「清濁併せ吞む」タイプが「ワル」と呼ばれ、出世する省内カルチャーがあった。単なる秀才では「ワル」にはなれない。胆力と智力も求められるのだ。「ワル」の権化のような幕辺の謀略に香良洲は対抗できるのか。
香良洲はヤクザと内通し、利用することも平気な規格外な人物として描かれる。彼を取り巻く人物も魅力的だ。途中から妙なグルーブ感に乗り、ページを繰る手が止まらなくなる。
ラストで香良洲は、ある驚愕の一手を繰り出す。著者はこれを書くために、わざわざ20年前の大蔵省を舞台にしたに違いない。読者はその結末にカタルシスを得るのか、はたまた苦虫を嚙み潰したような不快感を覚えるのか。そうした両義性を持つ解決策を編み出した著者の力業に感服した。
大蔵省は財務省となった。そして今もいくつかの事件で揺れている。もし、香良洲のような異才がいたならば、そう夢想させるようなスーパー官僚の登場に、快哉を叫ぶ人も多いだろう。
本書は、「週刊朝日」2019年1月から10月までの連載を、加筆修正したもの。
BOOKウォッチでは、月村さんの『コルトM1847羽衣』(文藝春秋刊)を紹介済みだ。
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