量子コンピュータが最先端の科学技術ニュースとして取り上げられる機会が増えてきた。でも、量子コンピュータっていったい何なの? 普通のコンピュータとはどう違うの? と疑問に思っている人が圧倒的に多いだろう。本書『量子コンピュータが本当にわかる!』(技術評論社、武田俊太郎著)は最前線で、量子コンピュータ開発に取り組む若手研究者が、その仕組みや開発の状況を丁寧に解説している。著者は東大大学院工学系研究科准教授で量子光学・量子情報科学が専門のこの分野の第一人者。最良の語り手といえるだろう。
「検索エンジンで『量子コンピュータ』と検索すると、色々な記事がヒットします。その中では、『超並列計算を可能とする夢のコンピュータ』、『現代のスーパーコンピュータよりも1億倍高速』といった目を引くキャッチコピーをしばしば目にします。一方で、量子コンピュータの仕組みについては、どの記事にもあまり詳しくは書いてありません」「こういったネット記事を読んだ多くの方は、量子コンピュータに次のようなイメージを持っているようでした。(中略)仕組みはよくわからないけれど、どのような問題もあっという間に解いてくれるコンピュータなのだろう。ドラえもんの4次元ポケットから出てくるひみつの道具のような、得体のしれない未来の道具に違いない」
これは2019年10月、グーグルが「最先端のスーパーコンピュータでも解くのに1万年かかる問題を、自社製の量子コンピュータが200秒で解いた」と大々的に発表したせいもあるだろう。だが、専門家である筆者は量子コンピュータが従来のコンピュータとどこまでが同じで、どこからが違うのかをわかりやすく解説してくれる。
急速な発展を遂げ、われわれの生活を便利に快適にしてくれたコンピュータも近年はその限界に達しつつあるという。コンピュータの脳みそは大量のトランジスタの集合体で、一辺が数センチの最新鋭のチップにはなんと10億個ものトランジスタが入っている。一個のトランジスタは髪の毛の1万分の1の幅という小ささだ。だが、これ以上小さくなってくると原子一個の大きさが機能に影響を与えるレベルになってくるという。すでにコンピュータはその限界に近づきつつあるともいえそうだ。だが、コンピュータによる計算の需要はこれからもますます大きくなる。自動車の完全自動運転や病気診断などの人工知能の開発、大学や研究機関での基礎研究、企業の製品開発にも超高速計算は欠かせないからだ。
そこで、次世代のコンピュータ技術として注目されているのが量子コンピュータだ。このアイデアが生まれたのは1980年代と比較的新しい。ノーベル物理学賞を受賞したファインマン博士が「量子力学の原理に従ったコンピュータが必要だ」とアイデアを提唱し、80年代半ばには別の研究者が数学的な基礎理論を完成した。2000年代には基礎実験が始まり、IBMやグーグルが本格的な研究を始めるようになった。
通常のコンピュータではビットが計算の基礎単位となるが、量子コンピュータでは量子ビットという単位で情報を表現する。量子ビットは量子力学の理論にもとづいて、「粒でもあり波でもある」という量子の不思議な性質を利用している。われわれがふだん暮らす世界とは異なって、原子、電子、光子など微小な量子の世界は量子力学と呼ばれる日常世界と異なる法則に支配されている。このあたりの説明はなかなか難しい。関心のある方は是非、本書を手に取っていただきたい。著者の説明は、まったく数式を使わず、量子力学の説明としてはもっともわかりやすいレベルだと思う。
ただ量子コンピュータは従来型コンピュータをすべて置き換えるものではなさそうだ。というのも、量子コンピュータで解くと圧倒的に早い解法が見つかっているものだけが適していると考えられ、ある種の化学計算や多くの連立一次方程式を解く場合などがそれにあたる。ただ、量子コンピュータ向きの計算は今後の研究で一気に増える可能性もある。
世界最先端の量子コンピュータは今、どのレベルにあるのだろうか。グーグルが発表したのは53量子ビットのコンピュータ。IBMもほぼ同レベルだ。しかし、実際に量子コンピュータ向きの計算を実用レベルで解くには「100万から1億個以上の量子ビットが必要と見積もられています」「量子コンピュータは『もうすぐ実用化』という類のものではなく、『まだスタート地点』と思った方が正しい認識でしょう。過度な期待は禁物です」。
日々、量子コンピュータに挑戦している一線の研究者だけに量子コンピュータ開発の現場もわかりやすく紹介してくれる。量子コンピュータは、超伝導回路方式、イオン方式、半導体方式、光方式などいくつかの方式で開発が進んでいる。IBMやグーグルは超伝導回路方式だが、これは回路全体を絶対零度に近い極超低温にするなど難問がある。筆者は光方式が有望とみて、この方式での研究を進めている。当面は、米国や中国勢など世界を相手にした激しい開発競争が続きそうだ。最終章では、筆者が研究室で進めている手作りの実験装置も写真つきで紹介されていて、最先端研究の雰囲気を実感することができる。
親切な筆者による盛りだくさんで、しかも大変わかりやすい量子コンピュータ入門書だ。この分野に関心をもつすべての人の必読書になるに違いない。評者はかつてコンピュータに多少関わっていたこともあるので、日本の優秀な若者が一人でも多く本書を読んで刺激を受け、この分野に進んでほしいと思った。
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