『最貧困女子』、『家のない少女たち』など少年少女問題のルポの書き手である鈴木大介さんが、初の小説『里奈の物語』(文藝春秋)を書いた。母に捨てられ、物置倉庫で育った少女が、やがて未成年の家出少女をたばねる売春組織の元締めになる。少女にはモデルがいることを鈴木さんは明かしている。
物語はまだ20世紀末、北関東の伊田桐市の駐車場の一角にある物置倉庫で始まる。「伊田桐」とは、群馬県の伊勢崎市、太田市、桐生市から1字ずつ取った架空の地名だろう。小学1年生の里奈は4歳になる比奈の面倒を見ながら、叔母の幸恵の庇護を受けて生きている。
倉庫は敷地内の飲食風俗店で働く女性たちの簡易な託児所代わりになっているが、大半をそこで過ごしているのは里奈と比奈だけだった。比奈は幸恵の子どもだが、里奈は幸恵の妹の娘だった。乳離れしたばかりの里奈を幸恵に押し付けて出奔したのだった。
昼の仕事が終わると、スナックで働く幸恵。スナックのママ志緒里らに可愛がられて、落ち着いていた里奈の暮らしは、実母の春奈が出現し、一変する。いきなり小さな弟と妹を置いて失踪したのだ。
学校にも行かず、3人の世話をする里奈。幸恵がカード詐欺で逮捕され、4人の子どもたちをどうするか、志緒里たちが話し合い、里奈は児童養護施設に入ることになった。
11歳になった里奈は、施設から小学校に通うようになり、少しずつ勉強の遅れを取り戻す。同い年の貴亜と仲良くなり、中学校に進む。ある日、施設の女子高生から女子中学生たちが招集される。施設の生徒で援助交際をしている子がいるというのだ。なぜ、援助交際が悪いのかと上級生に反発する貴亜と里奈。母親が風俗嬢をしていたという貴亜、里奈を育ててくれた幸恵も二人の客の愛人となることで、妹の借金返済を肩代わりしつつ生計を立てていた。自分たちが否定されたような気がしたのだ。
実際に援助交際をしていた高校生の実鈴がこの一件を知り、二人に援助交際の手ほどきをする。どんどんのめり込む貴亜を心配する里奈に面会に来た志緒里は、こう言う。
「でもガッコの勉強じゃ意味ねえよ。男と女、人と人、どうすりゃ相手が自分の思い通りになんのか、相手ぇ見据えて、場数踏んで、おつむ鍛えんだ。そうやって鍛えていくとな。みんななんでか、女が男より強いって気づくんだよ」
2008年、中学卒業を前に進路の問題で里奈は志緒里と決裂する。進学せず、夜の仕事をするという里奈に対し、志緒里は18歳までは昼の仕事のバイトをやって経験を積めと言う。夜の仕事をするのはそれからでいい、とたしなめる。激しい口論になり、里奈は街を飛び出す。
15歳の家出少女がどうやって、東京で生きていくのか。心当たりがあるのは先輩の実鈴だけだった。ソープランドで修業中という実鈴の部屋に転がり込み、「ウリでも風俗でもキャバでもなんでもやる」と決意を語り、首都圏での夜の仕事に就いた里奈。
年齢を偽り、セクキャバ店、デリヘルで働いたが、長続きしない。しかし、実鈴とその彼氏とともに千葉に移って売春を前提とした「援デリ」で、瞬く間に成功を収める。
里奈がリクルートするのは、自分と同じような18歳未満の家出少女が多かった。さまざまな境遇の子らに住む場所と仕事を提供する里奈は「母親」のようだった。
そんな里奈の「家族」を脅かす事態が起こる。いくつもの暗闇を駆け抜けた先に、待っていたのは――。
鈴木さんはノンフィクションでは書けなかった取材のディテールを、本書に生かしたという。モデルになった少女は鈴木さんの著書『家のない少女たち』を読み、自分たちの描き方にクレームをつけたそうだ。彼女たちなりの矜持があるというのだ。
その結果、2年がかりの取材を通して、本書は異様な迫力のある作品となっている。里奈が主人公のピカレスク小説の趣すらある。
風俗が貧困女子の「セーフティーネット」だった時代の物語とも言える。コロナ禍によって、その頼みの綱が綻びかけていることは、先日BOOKウォッチで紹介した中村淳彦さんの『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書)が指摘していた。関連で『証言 貧困女子』(宝島社新書)、『性風俗シングルマザー』(集英社新書)などを紹介済みだ。
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