『性風俗シングルマザー』(集英社新書)。タイトルが刺激的だ。
著者の坂爪真吾さんは、1981年新潟市生まれ、東京大学文学部卒。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」などで現代の性問題の解決に取り組んでいる人だ。2014年に社会貢献者表彰を受けた。
社会運動家が書いた本かと思い、読み始めたら、出てくるシングルマザーたちのディテールの深刻さに、リアルさに驚いた。それだけの本なら類書もある。本書は単なるルポの域を超えて、具体的な問題解決策を提案しているところに凄みがある。
この本の最大の特徴は「地方都市のシングルマザー」に焦点を当てたことだ。首都圏に比べて賃金も低いし、働き口も少ない。経済的に困窮したシングルマザーの中で、デリヘルなどの性風俗店で働く人たちが増えているという。
本書では取材対象の女性たちのプライバシーを守るため、地名はすべてA、B、Cなど仮名になっている。人口約80万人の政令指定都市で県庁所在地のS市をフィールドにした事例が事細かに報告されている。
S市にはデリヘルが104店舗あり、県内の風俗店で働く女性7588人のうち、約5割3797人がS市で働いている(2019年6月現在)。
事情を知らない人は、この数字に驚くだろう。店舗を持たず、ラブホテルに女性たちをデリバリーするデリヘルは、小さなビルやマンションに事務所を構えているため、住民の眼には入らない。しかし、確実に各地に浸透している。
第1章と第2章のタイトルと主な小見出しを見ると、おおよその雰囲気がわかるだろう。
第1章 地方都市の風俗店で生きるシングルマザー ・18歳からキャバクラ勤務、20歳で妊娠 ・風俗店で働いていることを隠して結婚 ・通信制高校に通って高卒資格を取得 ・離婚と引っ越し ・ライフラインとしての児童扶養手当 第2章 生活と子育てを安定させるために ・高時給の仕事を探し、いつの間にかデリヘルに ・デリヘルのおかげで、生活と精神状態が安定 ・二人目の子どもを妊娠 ・未婚で生む決意
以下の章はタイトルだけを挙げる。「義実家という名の牢獄」「たった一人の自宅出産」「彼女たちが『飛ぶ』理由」「『シングルマザー風俗嬢予備軍』への支援」「風俗の『出口』を探せ」「『子どもの貧困』と闘う地方都市」「『家族』と『働く』にかけられた呪いを解く」
貧困が原因で性風俗の仕事を始める女性が多い。しかし、最低賃金を上げれば、風俗で働く女性が減る訳ではないという。坂爪さんはこんな数字を挙げて説明する。
仮に最低賃金が全国一律で時給1000円になったとしても、一日8時間・毎月20日働いたとして、年収は192万に留まる。人件費の高騰が企業の経営を圧迫し、逆にパートやアルバイトの求人が減る可能性もある。これは実際に韓国の文在寅政権下で起こったことだ。
デリヘルのバック率(女性の取り分)は、60分1万2000円の場合、おおむね6000~7000円程度だそうだ。通常のアルバイトであれば半日から丸一日働かなければ得られない収入が、わずか1時間で得られる。一度始めればやめられない、うまみがあるのだ。
坂爪さんは、シングルマザーにとって、働くことが貧困の改善につながらない現状を打破するためには、「働き方」そのものを見直す必要があると訴える。
「従業員以外の働き方を選べる知識とスキルを身につけること」だという。公教育では、従業員として働く訓練は受けていても、自営業者として働く訓練は受けていない。だから、シングルマザーたちは従業員として働くことの限界に達したとき、「水商売や風俗の仕事を通して、自分の生身を商品あるいはサービスとしてダイレクトに売る、というハイリスクな働き方を選ばざるを得ない」と説明する。なるほど、この理屈はわかりやすい。
本書は、坂爪さんが取材で出入りしたデリヘルグループの託児所の光景でむすばれている。泣いている女の子に一人の男の子が歩み寄り、声をかけた。
「こっちにおいでよ。一緒に遊ぼうよ」
やがて、その声はまわりの子どもたちに広がっていった。
巻末には、シングルマザーが生活や仕事に困ったときの相談窓口も載っている。たまたまネットで、この記事を見て、どうしようかな? と、悩んでいるあなた。とりあえず、この本を読んでみたら。立ち読みでもいいよ。
坂爪さんには、『はじめての不倫学』『性風俗のいびつな現場』『セックスと障害者』『セックスと超高齢社会』『「身体を売る彼女たち」の事情』などの著書があり、文体もこなれている。今後、女性の貧困と性の問題の第一人者としてさらに注目されるだろう。
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