『「超」整理法』などのベストセラーで知られる経済学者野口悠紀雄さんが、ちょっと毛色の変わった新書を出した。『だから古典は面白い』(幻冬舎新書)。経済学者だからアダム・スミスやカール・マルクスのことでも書いているのかと思ったら、全く違った。経済学の本は一切出てこない。経済学以外の本が大量に並んでいる。
野口さんは東大工学部の大学院を中退して大蔵省に入り、72年エール大で経済学博士号を取得。一橋大教授、東大教授、スタンフォード大客員教授、早大大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017から早大ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を務めている。理系なのに、大蔵省に入り、その後、世界屈指の大学で博士号を取得して、日本でも有名大学を渡り歩く――「超」人的な人である。
これまでに専門分野では、『情報の経済理論』(東洋経済新報社、日経・経済図書文化賞)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社、サントリー学芸賞)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社、吉野作造賞)など。一般向けには『「超」整理法』シリーズのほか、『「超」勉強法』、『無人島に持ってゆく本』などもある。
本書は図書館好きの野口さんが「空想図書館を作れないか?」と思いついたことがきっかけ。自分の書棚に眠っている昔読んだ本に召集令状をかけて呼び戻し、熱弁をふるってもらうことになった、と記している。構成は以下の通り。
「第1章 ドラッカーを読むより聖書を読もう」
「第2章 ビジネス書を読むより『戦争と平和』を読もう」
「第3章 ノウハウ書を読むより『マクベス』を読もう」
「第4章 アンチエイジングでなく『ファウスト』を読もう」
「第5章 アンナ・カレーニナの世界」
「第6章 奇跡をめぐる聖書の秘密」
「第7章 歴史ほど面白い物語はない」
「第8章 現実にはありえない世界で遊ぶ」
「第9章 だから古典はためになる」
野口さんが古典にこだわる理由は明確だ。「昔作られた」「膨大なもの」の中から生き残った「いつまでも価値が減じない本」だからだ。毎年何万冊も出版されている新刊書の中で、数年後、数十年後に残る本はごくわずか。これは素人でもわかる。野口さんは「現在生産されているものよりは、古典を読む方が、平均して効率がよい」という「実に単純な功利主義」から古典をすすめる。
象徴的なのは「第1章 ドラッカーを読むより聖書を読もう」だ。ドラッカーは50年しか読まれていないが、聖書は2000年読まれている。世界一のロングセラー。キリスト教徒ではない野口さんが、聖書を読もうと思ったのは、「文学作品に登場する聖書の引用の意味を知りたかった」からだという。「とりわけ、ドストエフスキイの作品は、聖書を知らないと理解できません」。
イエスの説教とは、説得術でもある。すなわち、「福音書は、人類の歴史上、最も長く、かつ多くの人に読まれてきた説得法の教科書」であり、「説得法に関するビジネス書は、世にあまたあるが、聖書を超えるものはない」と考えている。ドラッカーを読んでいる人に対して、また、つぎからつぎへと現れるビジネス書に追い回されているビジネスパースンの方々に対して、「なぜ聖書を読まないのか? こちらのほうがずっと役に立つのに」とアドバイスしたい気持ちだという。
続けて著者は、聖書における説得力の秘密を解き明かす。聖書を「ビジネス書」として読む替えることができるのは、非キリスト教徒の特権、とも書いている。
野口さんの経歴をたどると、だれしも「『超』秀才」ぶりに驚嘆する。日比谷高校出身と聞いて、さもありなんと思った。野口さんの時代の日比谷高校は全国の秀才たちの頂点。同級生の多くが東大に進んだ。それも必死に受験勉強して、というのではなく、自然に、いつの間にか東大に入りましたというような神童が少なくなかったはずだ。たぶん野口さんもその一人なのだろう。ゆえに多くの本に触れるゆとりもあったに違いない。
野口さんの読書法は、オーソドックスなものだ。ある面白い作品に出合うと、その作家の別の作品も読む。あるいは類似のテーマの作品を探す。こうして書物の地図をどんどん広げていく。旺盛な好奇心のなせるわざだ。だいたい「知の巨人」などと言われる人は、類似の方法で書物の世界を探索する。
本書では、古典とはいえ比較的新しいものも紹介している。野口さんが特に熱を入れて語っている作家はスティーヴン・キングだ。「キング中毒者」として、『IT』『11/22/63』など多数紹介している。「第8章 現実にはありえない世界で遊ぶ」で取り上げているが、実は現実が追い付いてきているようで怖い作品もある。今日の状況を予見するのは次の3冊だ。
『アンダー・ザ・ドーム』。これはアメリカの小さな田舎町が、ある日突然、透明なドームですっぽり覆われてしまうという話。東日本大震災の前に出た本だが、「救いようのない閉塞感と息苦しさで、大震災後の日本のことを読んでいるような気がしてしまいます」。
『ザ・スタンド』は1978年の作品。キングの代表作とされている。軍が秘密兵器として開発していた(らしい)ウイルスが事故で漏れ出してしまい、アメリカ社会が崩壊してしまうというストーリーだ。だれしも今日の新型コロナと二重写しになる。
『トミーノッカーズ』も取り上げている。宇宙から来た正体不明の化け物が宇宙船から発する放射線のために、町中の人が同類にされてしまう。野口さんは、アベノミクスに酔いしれてきた日本とダブらせる。何かショックが起きれば、日本はある日突然、世界から切り離され、ドームに閉じ込められた町と同じになってしまう、と警告している。
周知のように野口さんはアベノミクスに辛口。著書『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)ではアベノミクスについて、「経済成長を実現できなかった」「賃金は上昇せず、消費は増えず」「金利が上昇すると財政が破たんする」と書いている。
本書は、新書だが巻末には、丁寧な索引が付いている。取り上げた書籍やトピックスについての、野口さんのこだわりがわかる。紹介しきれなかった本が多数あったということなので、続編が出るかもしれない。
BOOKウォッチでは関連して、『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書)、『復活の日』(角川文庫)、『2020年世界大恐慌』(第二海援隊)、『謎解き 聖書物語』(ちくまプリマー新書)、『未完の時代――1960年代の記録』(花伝社)なども紹介している。
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