時代劇と聞くと、古臭い、ワンパターンと毛嫌いしている人も多いだろう。本書『時代劇入門』(角川新書)は、まったく時代劇を知らない人にむけて極限まで情報を絞り、必要な要素だけを詰め込んだ本だ。
著者の春日太一さんは日大大学院博士課程(芸術学)在籍中に時代劇の撮影現場の取材を始め、スタッフや俳優に数多くインタビューしてきた。その成果は『時代劇は死なず!』(集英社新書)、『天才 勝新太郎』(文春新書)などに結実し、現在は映画史・時代劇研究家として、松方弘樹ら俳優の訃報のたびにコメントを求められる貴重な証言者となっている。
俳優の勝新太郎、監督の五社英雄、東映京都撮影所など時代劇にかかわる個別のテーマを本にしてきたが、時代劇というジャンルそのものの楽しみ方については実は語ってきていなかったことに気がついたのが、本書執筆のきっかけとなった。
難しいことは考えず、時代劇を「なんとなく」楽しむための「とりあえず」が書かれた本だから、気楽に読んでほしいという。
「第一部 時代劇への接し方」、「第二部 時代劇の歩み」を飛ばして、「第三部 とりあえず知っておきたい基礎知識」から読んでもいいだろう。
時代劇には、ヒーローもの、歴史もの、長屋人情もの、悲劇、怪談ものと五大ジャンルがあるという。
ヒーローはさらに権力者かアウトローか、定住しているか流浪しているかで分ける座標が画期的だ。
たとえば、「権力者・流浪型」は「貴種流離譚」と呼ばれる形式で、古くは『古事記』の日本武尊(やまとたけるのみこと)が最初とされる。『新吾十番勝負』シリーズが代表だ。将軍・吉宗の息子が自分の生まれに気づかないまま父のために戦うヒーローとなる。「セルフ貴種流離譚」の典型が水戸黄門だ。
「低身分・流浪型」は「股旅もの」になる。代表作が『木枯し紋次郎』だ。
一方、「低身分・定住型」は、忍者や盗賊となる。『雲霧仁左衛門』のようなピカレスク的な作品もある。
その上で、とりあえず知っておきたい時代劇ヒーロー30人を作品、出演者とともに名鑑的に挙げている。以下に列挙するが、あなたはどれくらい知っているだろうか。
清水次郎長、森の石松、国定忠治、木枯し紋次郎、座頭市、藤枝梅安、柳生十兵衛、宮本武蔵、荒木又右衛門、丹下左膳、鞍馬天狗、早乙女主水之介(さおとめもんどのすけ)、眠狂四郎、拝一刀、三十郎、源義経、真田幸村、新選組、坂本龍馬、水戸黄門、徳川吉宗、遠山の金さん、大岡越前、長谷川平蔵、中村主水、銭形平次、石川五右衛門、鼠小僧、一心太助、大石内蔵助
これらの原作者10人、撮影した監督10人、演じたスター30人についてもコンパクトに紹介している。
ところで、「なぜ時代劇を作るのか」という疑問について、春日さんは「時代劇はファンタジー」ということを前提として、大きな嘘がつける、大がかりなアクションができる、現代劇ではできないことができる、と説明している。
何よりの大きな強みとして、時代批判の風刺性を挙げている。「忠臣蔵」が最初に演じられたのは江戸時代だが、時代を南北朝時代に置き換えて幕府を批判した。
映画の世界で時代劇がブームになったのは大正末期から昭和にかけて。治安維持法により政府批判の言論や表現に対して厳しい取り締まりが行われた。悪代官に苦しむ農民を救うため侍やヤクザが立ち上がるという話の「傾向映画」という時代劇が作られた。
こうした作品は戦後になってからもあったという。テレビ時代劇『必殺からくり人』(1976年)には、こんなエピソードがある。越後の貧しい村で育った人間が、悪事を重ねながら江戸に行き、江戸で「闇公方」と言われる地位にまで登りつめる。かつて越後でひどい目に遭った人が、「からくり人」という殺し屋チームに「闇公方を殺してほしい」と依頼する。モデルはロッキード事件で逮捕された田中角栄だったことは言うまでもない。
時代劇は「ファンタジー」であると同時に「現代の物語」でもある、と書いている。
巻末では『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督に春日さんがチャンバラ演出についてインタビューしている。「身体性を表現する」などガンダムの殺陣について論じあっているのが面白い。
BOOKウォッチでは、春日さんの著書『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文藝春秋)、『すべての道は役者に通ず』(小学館)を紹介済みだ。
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