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三島由紀夫を「いのちを粗末にするこの馬鹿もんが」と叱った評論家

週刊読書人 追悼文選

 本書『週刊読書人 追悼文選--50人の知の巨人に捧ぐ』(読書人)は、「週刊読書人」に掲載された追悼文をセレクトしたものだ。文学者、哲学者などを中心とした「知の巨人」50人に対して著名人94人が書いた追悼文が再録されている。一人で複数回の執筆者がいるため、追悼文の合計は111編になる。

人物・作品評がよみがえる

 追悼されているのは谷崎潤一郎、三島由紀夫、サルトル、ヘミングウェイ、小林秀雄など有名人がほとんど。主として作家や評論家だが、丸山眞男など学者もいる。1960年代から2001年までに亡くなった人たちだ。小島信夫がカミュの事故死にふれて寄稿した1960年の記事、中井英夫が回想した寺山修司との思い出、石ノ森章太郎が見た手塚治虫の姿、立松和平や司修は中上健次との友情を記す。

 創刊62年になる「週刊読書人」にはこれまでに著名人510人の追悼記事が掲載されているそうだが、その中から厳選している。「老舗書評専門紙ならではの人物・作品評がここによみがえる」というのが本書の惹句だ。巻末索引には全追悼目録が掲載されている。

 三島由紀夫については評論家の内村剛介、文芸評論家の荒正人、作家の利根川裕の三氏が寄せている。内村氏は、「喪われた世代の一人の中年男がきょう天気晴朗な秋の日に燕雑な時代にふさわしく道化の死を終えた・・・とっさの思いは、いのちを粗末にするこの馬鹿もんが、ということである」という書き出し。ソ連での長い抑留生活からやっとの思いで帰還した内村氏の本音だったのかもしれない。ともあれ、「三島はきょう、さっき、市ヶ谷でハラキリした」とリアルタイムの追悼文だ。「虚無が美学を喰う」という見出しがついている。

 利根川裕氏も、「三島由紀夫のひきおこした事件、および彼の死から、まだ数時間しか経過していない」という「重苦しい昂奮」の中で書き始めている。

 「彼の文学、彼の戦後精神史を是認するかしないかは、人それぞれの自由である。ただ彼の文学、彼の戦後精神史にいささかでもつき合ってきた人であるなら、彼が非常に死に近いところまで来ていたことは認めるであろう」
 「三島由紀夫という文学者が、最後の帰結をこういう無意味さに賭けていたことが、なんとも痛ましく、かつ悲しい」

 内村氏は「ぼくは三島の小説の読者ではなかった」としつつも、「これからは三島を読もうと思う」と記している。

司馬遼太郎や川端康成は意外にあっさり

 永井荷風や武田泰淳、竹内好、手塚治虫、中上健次、辻邦生については4氏がつづっている。松本清張、安部公房、井伏鱒二、江藤淳、丸山眞男、吉行淳之介、小林秀雄、寺山修司、サルトルらは3氏が書いている。意外にあっさりしているのが、司馬遼太郎、柳田国男、川端康成などで、それぞれ1人。

 この種の追悼文集には、いくつかの先例がある。『追悼の文学史』 (講談社文芸文庫)は文芸誌「群像」に1964年から72年にかけて掲載された追悼文を年代順に収め、作家の生きた時代と業績、文学と人となりをふり返っている。

 『追悼文大全』(三省堂)は、共同通信が全国の新聞社に配信した1989年から2015年までの膨大な追悼文を1冊に凝縮したもの。掲載追悼文約770編、筆者約460名。物故者索引、筆者索引、そして故人を知るキーワード索引付き。「心に響く1編と出合える、空前の人生の風紋を記録する大事典」とうたっている。

 『太宰よ! 45人の追悼文集――さよならの言葉にかえて』 (河出文庫)は、追悼対象を太宰一人に絞ったもの。太宰治入水の報せを受けて、哀悼の辞をはじめ、作家論、作品論、人物評まで様々な文章が発表された中から、井伏鱒二、坂口安吾、檀一雄、石川淳、田中英光ら同時代の作家や評論家、編集者、友人45人の追悼・追想をアンソロジーにしている。

 このほか、対象を美術関係者に絞った『昭和・物故の美術家たち』(大日本絵画)などもある。

一編平均4ページ

 一般に有名人の死はまず大手メディアが報じる。新聞社や通信社、NHKなどが第一報。様々な関係者のコメントなども加えられ、大物については「評伝」なども。これらは、新聞でいえば、一面や社会面での報道。それを受けて、今度は文化面でも、亡くなった人への評価や追想を含めた、ゆかりの文化人・知識人による追悼文が掲載される。死亡情報を速報できるか、追悼原稿を誰に依頼するか、素早く掲載できるかというのは、担当記者の腕の見せどころであり、評価にもつながる。

 「週刊読書人」や文芸雑誌での追悼記事は、こうした新聞系の報道からは一拍遅れることになる。しかし、中身は濃い。なぜなら媒体の違いで、たっぷりスペースをとることができる。つまり内容的には充実した、厚みのあるものを読者に届けることができる。こちらも誰に執筆を頼むか、編集者の腕の見せどころだ。

 そう思って本書を見返すと、長めの追悼文が多い。500ページ余りの中に111編が収められている。一編が平均4ページとなる。複数編が並ぶ松本清張、安部公房、中上健次などは、10数ページにわたるので、複数の筆者の眼を通して故人の業績や人物像を多角的にしのぶことができる。コロナ拡大で日々のニュースに翻弄されがちな中で、合間に拾い読みするには適した一冊といえる。

  • 書名 週刊読書人 追悼文選
  • サブタイトル50人の知の巨人に捧ぐ
  • 監修・編集・著者名「週刊読書人」編集部 編
  • 出版社名読書人
  • 出版年月日2020年1月20日
  • 定価本体3500円+税
  • 判型・ページ数四六判・547ページ
  • ISBN9784924671430
 

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