新型コロナウイルスに関連するかもしれないと思って、手に取ってみた。本書『いのちを救う災害時医療』(河出書房新社)は、「14歳の世渡り術」という中学生向けシリーズの一冊だ。私たちはどんな災害を経験してきたのか。これから遭遇する可能性があるのか。そこでの医療チームの顔ぶれや仕事、働きぶり、注意しなければいけないこと、などがわかりやすく解説されている。
著者の森村尚登さんは、横浜市立大医学部卒。現在は東京大学大学院医学系研究科救急科学分野教授、同医学部附属病院救命救急センター・ER部長などを務める。救急医療の専門家だ。「2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急・災害医療体制を検討する学術連合体」合同委員会委員長も務める(本書刊行時)。
東日本大震災はもちろん、中越地震とか、関東・東北豪雨、古くはベンガル湾を襲った巨大サイクロン被害でも、国際緊急援助隊医療チームの一員として活動した。過去の豊富な体験なども交えながら、いざというときの心得や対応法などを説明している。
地震や水害など天変地異関係の話が多いが、勉強になったのはコラムで書いてあった「病院船」の話だ。今回のコロナウイルスでも、耳にしたことはあったが、詳しく知る機会がなかった。
コラムによると、病院船とは、病院と同じ医療活動ができる設備を備えている船のこと。ジュネーブ条約で定められている。外観は目立つように白い塗装に赤十字のマークを表示すること、自衛のための武器以外は船に搭載しないことなども決められている。したがって病院船を攻撃したり、捕まえたりすることはできない。
世界の多くの国が病院船を持っている。最も巨大なのはアメリカの「マーシー」と「コンフォート」。タンカーを改造したものだ。 「マーシー」は全長272メートル、7万トン。入院用のベッドが1000床、手術室が12室、集中治療ベッドが80床、レントゲンやCTスキャンの設備もある。医療スタッフは約60人。災害発生時は1200人のスタッフを集めて乗船することになっているという。
中国も、全長180メートル、2万3000トン、ベッド300床、手術室8室を備えた病院船を持ち、ロシアも全長152メートル、1万1500トン、ベッド100床、手術室7室の病院船を持つ。
ここまでの規模ではなくても、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、スペイン、イギリス、フランス、オランダなども医療機能を持つ多目的な艦船を保有するという。
これらの病院船は、他国の災害救援でも活躍してきたという。アメリカの「マーシー」は2004年のスマトラ島沖地震、06年のジャワ地震で出動。「コンフォート」も10年のハイチ地震などで医療支援活動をした。
日本にも病院船を、という声はあるが、今は保有していない。ただし、海上自衛隊の輸送船や海上保安庁の災害対応大型巡視船に病院機能は持たせているという。
今回の新型コロナでは当初、クルーズ船を指して、「まるで病院船のようだ」と言われたりした。本書を読むと、これはちょっと誤解がある言い回しだった。本来の病院船とは、治療設備とスタッフが十二分に整っている「洋上の病院」なのだ。
米国では最近、開店休業状態のクルーズ船を臨時の病院船に転用する案も浮上したらしい。しかしながら、今回のクルーズ船の状況を考えると、相応の設備が完備し、訓練を経た医療スタッフがいないと、かえって感染拡大の場になりかねない。急ごしらえでクルーズ船を洋上の病院にすることは難しいだろう。
本書では感染症がらみの話はほとんど出てこないが、やや関係する話として「トリアージ」ということについて説明されている。フランス語で「並べ替える」という意味らしい。災害時に突然たくさんのけが人や病人が出た時に、それぞれの人たちの症状がどれくらい急を要するかを判断して、治療や医療施設への搬送の優先順位を決めることだ。「トリアージ」を行うときは、優先度がすぐに分かるように「トリアージタッグ」をけが人や病人の手首や足首に付けるのだという。4つの優先度に分けるそうだ。これは今回、中国など新型コロナウイルスの治療現場では行われているに違いないと思った。この一両日、東京での状況が緊迫してきたので、まさかの事態になれば、「トリアージ」が行われるかもしれない。
本書では医者の仕事だけでなく、看護師、自衛官、警察官、消防署員など災害で出番となる多数の職種関連の話も出てくる。将来これらの仕事についてみたいと思っている中高生には大いに参考になりそうだ。
BOOKウォッチでは災害関連で、『天変地異はどう語られてきたか』(東方選書)、『宅地崩壊』(NHK出版新書)、『全災害対応!子連れ防災BOOK 1223人の被災ママパパと作りました』(祥伝社)、『「江戸大地震之図」を読む』(角川選書)、『九月、東京の路上で――1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから刊)、『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)などを紹介している。このほか、今回の新型コロナウイルス関連では『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』(ミネルヴァ書房)、『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)、『感染症の近代史』(山川出版社)、『パンデミック症候群――国境を越える処方箋』 (エネルギーフォーラム新書)、『ウイルスは悪者か』(亜紀書房)など多数を紹介している。
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