台風や地震で家が壊れた。命は助かったが、住むところがない。テレビの映像で被災者たちの姿を見るにつけ、他人ごとではないと思う人が多いのではないか。
本書『宅地崩壊』(NHK出版新書)は、自然災害で住民が大きな被害を受けたケースを専門家の目で丹念に調べ直し、再発防止策を訴えている。きわめて中身の濃い、しかも一般読者に役立つ良書だと思う。
著者の釜井俊孝さんは1957年生まれ。現在は京都大学防災研究所教授で斜面災害研究センター長。地質学と地盤工学の両面から「地すべり」のメカニズムを研究し、歴史を軸に開発と災害の関係を見直す「防災考古学」も提唱している。著書に『斜面防災都市』『埋もれた都の防災学』などがある。
本書は、防災の専門研究者である釜井さんが、プロ向けではなく「宅地消費者」を対象に書いたもの。最近の有名な自然災害を例にとり、なぜ「宅地被害」が起きたか、分かりやすく説明している。
まず頭に入れておきたいのは、宅地崩壊の起きやすい場所のこと。一つは「都市外縁」と呼ばれるエリアだ。山裾の扇状地に住宅地が広がっている。背後の山が崩れると悲惨だ。2018年の西日本豪雨では、広島県内で多数の土砂災害が発生、87人が亡くなった。広島では1999年、2014年にも同様の災害があった。3回合わせると190人以上が亡くなっている。
では、なぜそうした土砂災害が起きやすい場所に住宅が造られているのか。釜井さんは時計の針を半世紀ほど前に戻す。1968年に成立した都市計画法では「市街化区域」と「市街化調整区域」の線引きが定められた。調整区域では宅地開発が難しくなる。そこで規制を受ける側のディベロッパーや地権者は市街化区域の拡大を図った。もちろん政治家も絡んだことだろう。
広島市では市街化区域が不自然に広く設定され、危険地区の多くが市街化区域に含まれてしまった。著者は「誰が、どういう理由で、そうした地学的には無謀とも思える線引きをし、開発許可を出したのかを、行政自らが一つひとつ検証する必要があると思います」と問題視する。
ちなみに考古学的に検証すると、広島の被災地域では15~16世紀にも大規模な豪雨災害が起きていることが分かっているという。斜面が崩れたりすることは稀だが、数百年という単位で見ると、繰り返されていることになる。
宅地崩壊は都市部でも起きる。これは主として「盛土」がもたらすものだ。平野部は平らに見えても元々は凸凹がある。戦後は丘の屋根部分や崖をブルドーザーで削り、谷を埋めて地ならしをして宅地化してきた。山の手の宅地造成地、あるいは郊外のニュータウンでも「基土」と「盛土」の部分が入り混じる。
1995年の阪神淡路大震災では「震度6」のエリアで約200か所で宅地崩壊が起きた。このうちの半数が「盛土地すべり」だったという。特徴的だったのは、西宮市から神戸市に至る被災地の中で、戦前からの住宅地では被害が少なかったこと。戦後になって新たに開発された「盛土」の住宅地に被害が集中した。著者は「同じような『盛った』ブランド宅地は、東京や大阪などにも広く見られる」と警告する。
大規模な宅地造成は1961年に制定された「宅地造成法」の規制を受けている。ところが災害が続く。国交省の官僚たちは事態を深刻に受け止め2006年、同法の改正に踏み切った。「大規模宅地盛土の分布図をつくって公表する」「必要なら詳細な調査をしてリスクの有無を明らかにし、対策工事を行って街区の耐震化を図る」などが自治体に求められることになった。法改正と同時に「宅地耐震化推進事業」という補助金制度も創設された。
しかしながら、その効果はまだ限定的なようだ。2011年の東日本大震災で、仙台市では丘陵に広がる住宅地が被害を受け、多数の家屋が損壊した。津波ではない。谷埋め盛土地すべりが発生したのだ。仙台市では当時、まだ「盛土の分布図」(宅地造成履歴等情報マップ)がつくられていなかった。13年にようやく作成されたが、後の祭りだった。
本書ではこのマップの「自治体格差」「精度格差」がひどいことも指摘している、結論から言うと、横浜市は精密、東京都は大甘。横浜市は盛土だらけなので、横浜市民は直ちにチェックしたほうがよさそうだ。
本書は「第1章 宅地崩壊の時代」「第2章 遅れてきた公害」「第3章 盛土のミカタ」「第4章 揺らぐ『持ち家社会』」「第5章 わが家の生存戦略」に分かれている。非常に多種多様なケースが報告されている。写真や図も豊富だ。自分の住居と照らし合わせながら読むことができる。
「3.11」関連の話は何度か出てくる。一つは「原発事故と谷埋め盛土」。福島第一原発の建屋は海岸線にあったが、背後の敷地は標高35~45メートルの台地上に造成されていた。場所によっては厚さ25メートルもの谷埋め盛土をしていた。この盛土斜面が崩壊して原発の五、六号機に電力を供給していた高圧電線の鉄塔が倒れ、外部からの電力供給が絶たれた。幸い非常用電源が生き残っていたため冷却が継続できたそうだ。この事故の調査は東電が行ったので、この地すべりがなぜ起きて、それが事故全体に与える影響はどうだったのかといった本質的な部分は、今でも解明されないままだという。
もう一つは女川原発。13メートルの津波に襲われたが、無事だった。これは東北電力の副社長(技術系)が、「貞観大津波(869年)は岩沼の千貫神社まで来た」と強く主張、社内の反対を押し切り、標高15メートルの高台への設置にこだわったからだという。高台だと冷却水のポンプ整備などでコストがかかるが、結果的には大正解だった。
著者は、東京電力の旧経営陣が裁判で「想定外」の主張を続けたことを踏まえながら、「同じ業界とはいえ、両者の思想信条は対極にあるように見えます」と語る。
それでは「宅地消費者」はどのようにして、自宅を守ればいいのだろうか。本書では「自主防衛する住民たち」という項目でいくつかの例が紹介されている。ちなみに評者が、大地震の発生が想定されている神奈川県小田原市に古くから住む知人に聞いたところ、自家発電、太陽光発電簡易版、モーター式井戸水くみ上げ装置、プロパンガス、40リットルポリタンクなどを常備しているとのことだった。今回の台風19号ではタワーマンションの被害も大きかったが、本書でも「タワマンの憂鬱」として、弱点が列挙されている。
実際のところ、「土地条件図」「大規模宅地盛土分布図」「液状化予想図」などが作られ、各自治体はそれらをまとめて「○○市ハザードマップ」として印刷し、住民に配布したり、ネットで告知しているところが多い。しかしながら、「プロ以外は見ない」状況なのだという。『命を守る水害読本』(毎日新聞出版)によれば、2015年の関東・東北豪雨の被災地域でも、その後の調査によると、「洪水ハザードマップを知らない・見たことがない」が6割を占めていたという。本書によると、18年7月の西日本豪雨では、犠牲者の9割が「土砂災害警戒区域」の人だった。
著者は高校の理科で「地学」が軽視されていることを嘆いている。国土保全に直結するにも関わらず、理系4科目の中で履修する生徒は1パーセントぐらいしかいないそうだ。理系の生徒が進学先を考えた場合、物理・化学は工学系、生物は農学・医学部という固定客がいるが、地学は将来の職業との関わりが薄いので不人気なのだという。日本は世界有数の土地災害の多発国にもかかわらず、これでは国土の保全がおぼつかないというわけだ。
そこで一つ提案だが、「宅地リスク診断士」のようなものが出来れば、引き合いがあるのではないかと思った。素人では読み取りにくい「ハザードマップ」をプロが分析して、「宅地消費者」に対策を教える。そうしたビジネスがあれば、「地学」の履修者が増えるのではないか。あるいは、それはすでにあるにもかかわらず、需要がないということなのだろうか。
BOOKウォッチでは関連で、『台風についてわかっていることいないこと』(ベレ出版)、『限界のタワーマンション』 (集英社新書)などのほか、天皇陛下が皇太子時代に、ライフワークとしている水問題への取り組みについて語った『水運史から世界の水へ』(NHK出版)なども紹介している。
釜井さんにはぜひとも、この記事の見出し「自然災害から『わが家』を守るにはどうすればいいか」というようなタイトルで、本書の続編をお願いしたい。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?