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東大は今や「滑り止め」になった?

大学はもう死んでいる?

 日本の大学が危うい状況にある、と指摘する本が目立つようになった。本書『大学はもう死んでいる? トップユニバーシティーからの問題提起』(集英社新書)もその一つ。「クエスチョンマーク」は付いているが、危機感をにじませる。

 著者の苅谷剛彦さんは1955年生まれ。オックスフォード大学教授。吉見俊哉さんは57年生まれ。東京大学大学院情報学環教授。オックスフォードと東大の先生が徹底討論し、なぜ日本の大学改革は失敗するのか、問題の根幹に迫る、というのが本書だ。

日本の大学の地位は相当沈下

 大学改革の混迷ぶりについては、BOOKウォッチで佐藤郁哉・同志社大教授による『大学改革の迷走』(ちくま新書)を取り上げたばかり。さまざまな改革が試みられているが、効果を上げていないということを多数の事例をもとに説明していた。

 本書も基調は同じだ。こちらは社会学者二人の討論。苅谷さんは東大教授からオックスフォードに移り、約10年になる。吉見さんは東大の副学長も務め、2017~8年にかけてはハーバードで教えていた。日・英・米のトップ大学の内情を知る二人だけに、今日の日本の大学が抱える病状を憂える。討論は4日間にわたり、オックスフォード大学で行われた。

 「僕がハーバードで教えながら感じたのは、過去30年間、日本の大学は、英米のトップユニバーシティーとの差を縮めようとさまざまな教育改革をしてきましたが、その差は縮まるどころかむしろ開いたのではないかということです」(吉見)
 「まったく同感です」(苅谷)
 「それを証明するかのように、この30年間で、東京大学は中国の北京大学や清華大学、国立シンガポール大学などのアジアの大学との差を縮められ、追い抜かれていきました。つまり、世界の中での日本の大学ということで言えば、日本の大学の地位は相当沈下してしまったし、内実としても劣化ということは否定できません」(吉見)

東大新聞が「蹴られる東大」の連載

 最近、東大を「滑り止め」にする受験生が少しずつ増えている。「第一志望」はハーバードやプリンストン、イエール、オックスフォードなど英米のトップ大学。「東大新聞」では彼らにインタビューした「蹴られる東大」というシリーズを連載しているそうだ。以下のようなショッキングな発言が続く。

 「東大受験はアメリカの大学受験を許可してもらうよう親を説得するための条件だった」
 「アメリカの大学では、全落ちの可能性もあったため、浪人を避ける意味合いもあって、東大を滑り止めとして受けた」
 「東大に半年でも行っていろいろコネクションをつくっておいたほうがアメリカの大学を卒業して帰国した時、就職に有利だろうと判断した」

 「東大に半年でも・・・」というのは、海外の大学は秋始まりなので、それまでは一応東大に在籍しておくということなのだろう。

 吉見さんによれば、実際のところ、東大もハーバードも学部生のレベルはほとんど差がないという。英語さえできれば東大や京大に合格する子は、比較的容易にハーバードやオックスフォードにも合格するという。しかし、そのあとが問題だ。「東大とハーバードで、その優秀な子たちを育てていく教育の制度的な仕組みがまったく違います」。

 そして、さらに続ける。「日本の学生は世界で一番勉強しない、とよく言われます。実際そうなのかもしれませんが、それは日本の学生たちが不真面目だからとか能力がないからとかということでは絶対にありません・・・要するに、日本の大学は学生に真面目に勉強させるような構造になっていないんです」。

 理由もいろいろと挙げられている。大学の制度や仕組みに関するやや専門的なことなので詳しくは本書を読んでいただきたい。

 苅谷さんによれば、オックスフォードの現在の学長は、以前、香港の総督だった。実質的な学長である副学長は女性で、オックスフォードの出身ではない。その前の副学長は北米の大学の学長経験者だった。首脳陣の経歴自体が東大とはかなり違う。教員・研究員も28%がイギリス人以外だという。800年の伝統を持つオックスフォード大学。すでに「改革」が進んでいることをうかがわせる。

本当の「グローバル人材」は少ない

 このほか本書では「グローバル人材」の議論が印象に残った。苅谷さんによれば、日本の大学卒業者で「グローバル」を要求されるのは5%ぐらい。その中で、本当に海外で対等にやれる人材はごくわずかだ。海外派遣で2年留学した程度では、国際機関で丁々発止の議論をするのは無理だ。「グローバル人材が必要」などを主張している人たちは、自分がグローバルではないので、そのあたりがわかっていないという。

 「シンガポールや香港、韓国で養成されているグローバル人材と同様、日本企業で働かなくても、グローバルなマーケットを渡り歩ける。そのレベルが、本当のグローバル人材ですよ」(苅谷さん)

 しかも、日本で言う「グローバル人材」が前提としているのは、「日本の企業や国に貢献する」こと。「本当にグローバルな能力がある人は、国を問わず、自分の能力を買ってくれるところのために働くんです」(苅谷さん)。

 吉見さんによれば、英語能力という点では香港や韓国の学生に「かなうはずがありません」。しかし、「日本のトップレベルの大学の学生たちは、英語は少し苦手でも、思考力や社会に適応していく力ということでは、グローバル企業でやっていくポテンシャルは持っています」と資質は評価する。ただし、こうした学生を「グローバル」に育てる仕組みが乏しい。日本の大学と大学院の6年間では育たない。そのあたりを見越した超秀才の高校生は、早々と海外の大学を選択する。あるいは大学院では海外を選択してしまう。

東大独自のプログラム

 マイナスの話が続く中で注目の試みもあった。東大が独自に始めたグローバルリーダー育成プログラムだ。参加者は毎年、東大生100人。実践的な英語力と二回の海外大学でのサマープログラム参加などを通じて国際経験を増やし、長期間のチームワークで課題の発見・解決に取り組む。すべての学部から学生が参加している。

 国の予算は獲得できず、苦労して企業から寄付金を集めて自前で運営している。吉見さんも有力企業40社ほどを回って頭を下げたそうだ。参加した学生からは極めて好評。「このプログラムは東大での生活で一番重要だったし、一番いろいろなことを学んだ」という声が寄せられているそうだ。

 そういえばBOOKウォッチで紹介した『グローバル人材へのファーストステップ――海外の学生とPBL / TBLで学び合う』(九州大学出版会)にも、似たような話が出ていた。九州大学の「アジア太平洋カレッジ」だ。学部の1、2年生を対象とした「国際体験」型の共同教育プログラム。韓国、台湾、ハワイの大学を連携相手としている。「少子高齢化」「外国人労働者の受け入れ」「災害と安全」「安全保障」など東アジア地域に共通する課題を設定、それぞれの国や地域での取り組み、捉え方を話し合い、解決策を見つけるために学び合っているという。

 国際社会に貢献できる人材を、可能な限り、日本の大学の中で創意工夫しながら養成する――東大や九大のような実際的かつ地道な取り組みこそが、日本の大学を再生させることにつながるのではないか。本書を読みながらそんなことを感じた。

 BOOKウォッチでは関連で、『京大的アホがなぜ必要か――カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)、『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)なども紹介済みだ。

  • 書名 大学はもう死んでいる?
  • サブタイトルトップユニバーシティーからの問題提起
  • 監修・編集・著者名苅谷剛彦、吉見俊哉 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年1月17日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・288ページ
  • ISBN9784087211061
 

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