読むべき本、見逃していない?

法科大学院「大失敗」の責任者は誰だ!

大学改革の迷走

 大学入試が迷走しているが、大学本体もうまくいっていないらしい。本書『大学改革の迷走』 (ちくま新書)は近年の大学の実情を一般読者も念頭にしながら報告している。様々な改革が試みられているが、効果を上げていないというのだ。

 著者の佐藤郁哉さんは1955年生まれ。東京大学文学部卒。東北大大学院博士課程を中退後、シカゴ大大学院修了。一橋大教授などを経て同志社大教授。専攻は社会調査方法論、組織社会学。多数の著書があり、『現代演劇のフィールドワーク 芸術生産の文化社会学』(東京大学出版会)は日経・経済図書文化賞を受賞している。いわゆる教育学者ではなく、少し距離を置いたところから「大学改革」を総括している。

「和風シラバス」の奇妙さ

 著者はまず、近年の大学関係者を呪縛する二つの「病」について報告する。一つは「シラバス」、もう一つは「PDCA」だ。

 シラバスは、すでにおなじみ。日本では1990年代初めから高等教育に導入された。昭和世代のために解説しておくと、教師が学生に示す授業計画のことだ。91年に大学審議会から出された「大綱化答申」がきっかけになり、10年ほどの間に急速に広まった。

 これは、アメリカの大学の「SYLLABUS」をまねたもの。ところが「シラバス」と「SYLLABUS」は似て非なるものだという。

 「SYLLABUS」は原則的に講義担当者の裁量で作られている。通常は講義の出席者に配られるもので、内容もさまざま。10数ページになることもある。どうやら講義レジメのようなものらしい。

 ところが日本では大学ないし学部の全科目についての講義内容をまとめた冊子を指し、新年度に全学生に向け配布される。一定の様式にのっとっている。文科省や認証評価機関による各大学の改革の程度を示すモノサシとして使われてきたこともあり、大学側はその制作に精力を注ぎ、電話帳並みの厚さになったりする。

 実は欧米の大学でも「コース・カタログ」という冊子が作られることがある。こちらは比較的小ぶりだという。同様の物は日本でも以前から作られていたので、「和風シラバス」は「コース・カタログ」と「SYLLABUS」を折衷した印刷物ということになる。

 92年の段階ではシラバス制作大学は15%にとどまっていたが、97年には国立大でほぼ100%、私立大でも90%と急速に普及した。さすがに最近はウェブ版に切り替わりつつあるというが、同工異曲のシラバスが増えてきたことが容易に想像できる。

工場の手法を教育にも適用

 さてもうひとつの「PDCA」。これはもともと工場現場における品質管理・品質改善の手法だという。アルファベットの「Plan、Do、Check、Action」の頭文字をつなげている。日本発の考え方なので和製の略語だ。産業界で使われていた用語に「官」が飛びつき、2000年ごろから行政改革の基本原理としても重視されるようになった。

 「成果」を出すために、教育現場でも「PDCAサイクルの確立」を強調する。大学改革の行政文書はもちろん、大学側が作成する各種の書類でもPDCAを意識した「作文」がまかり通り、コピペが氾濫する。

 著者は「PDCAをめぐる神話」という項目で、「PDCAは英語」「提案者は米国の統計学者」「経営学分野の学術用語」「国際的に広い分野で高い評価をうけてきた」「広い適用範囲を持つ万能のマネジメント・サイクルである」という「5つの神話」のすべてに「×」をつけている。本当に効果があるのかよくわからないシステムに、皆が踊っている。

 「シラバス」と「PDCA」のくだりを読んだだけで、大方の読者は気づくことだろう。これは教育の画一化ではないのかと。自由な発想、オリジナリティを押しつぶそうとする圧力ではないのかと。

 評者が思うに、それは恐らく79年の共通一次が導入された時期までさかのぼるのかもしれない。それまで大学入試は各大学が勝手に試験問題を作っていたと記憶する。東大、京大、一橋大などではそれぞれ独自に一次試験、二次試験をやっていた。極端な難問、あるいは問題が1、2問しかなく、それも記述式などというケースもあった。しかも大学によって科目ごとの配点にかなりのばらつきがあった。いわゆる偏差値などはなかったから、受験生は自分の行きたい大学の配点や、特色ある過去問などを念頭に受験勉強をしていた。本書の著者の佐藤さんは1955年生まれだというから、共通一次以前の世代だ。

大学院で「学歴ロンダリング」

 日本の大学の低迷ぶりは通常、国際的な調査会社のランキングなどをもとに語られる。本書では「THE」(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション)の調査を紹介している。ベスト100に東大と京大しか入っていない。そのアジア版では11大学が入っているが、東大は12位、京大は17位でベストテンはゼロ。最近は国際的に通用する論文数で中国や韓国の後塵を拝しているという話は『科学立国の危機』(東洋経済新報社)で紹介したばかりだ。

 『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)のように、最近では日本の大学に見切りをつけ、海外の大学や研究機関で働くノウハウを教える本まで出版されている。同書によると、東大に多数の合格者を出している開成高校などでは直接、海外の有名大学を目指す高校生も増えているのだという。

 本書では研究力の基盤になる大学院の衰弱ぶりについても記されている。院生数は長年増加し続けていたが、2011年をピークに減少傾向になり、13年には人文・社会科学系の場合、定員に対し入学者は6割程度に落ち込んでいる。要するに定員割れ。有名大学でも大学院なら入りやすい。そこにややランクが落ちる大学から潜りこむ学生も増えている。「学歴ロンダリング」というそうだ。定員の穴埋めというわけか、大学院では外国人留学生が増えている。今や5人に1人、その多くは中国人だという。

 野口悠紀雄さんの『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)よると、米国の超名門・スタンフォード大大学院への留学者数では近年、中国や韓国が日本を圧倒しているそうだ。海外の大学院進学者も細っているのが日本の現状だ。

法科大学院で「ハシゴをはずされた」

 具体的に改革の惨状が報告されている。誰もがすぐに思いつくのは法科大学院だろう。本書では「重大で深刻な事態が引き起こされてきた事例」として取り上げられている。2003年度に法制化され、04年度から受け入れを開始した「専門職大学院」の一つだ。04年度は7万3000人近い志願者があったが、18年は7800人程度に落ち込んでいる。実際の入学者も、最初の5年間は5000人台を維持したが、09年以降は急減、18年度は1600人程度。ピーク時に74校あった法科大学院は次々と閉校に追い込まれ、半減している。

 当初は、「社会の多様な方面で活躍し得る高度な専門的知識・能力を有する人材の養成」を狙って「年間3000人」の司法試験合格者を目指していた。それが、新人弁護士の就職難などもあって、この数字目標は「現実性を欠く」ということになり、15年には「1500人程度」に抑え込まれた。受験生や、多くの大学は「ハシゴをはずされた」。これは当初から懸念されていたことでもあった。大学や学生の投資損失は半端ではない。

 さすがに、募集停止に追い込まれた大学はホームページで「深くお詫びします」などと謝っている。しかし、政府や文科省の側からは、制度破綻の責任を認め、謝罪する文言はない。つまり大学には「PDCA」を要求するが、自分たちの遂行した政策については「PDCA」がないという不思議なことが起きている。

 2、3年で主たる担当者が変わる行政当局では、政策がうまくいかなくなったとき、いちいち前任者の責任などに関わっていられない。それは先輩にたいして失礼なことにもなる。だから、何食わぬ顔で「従来の諸施策にとらわれず新しい発想で対処していかなければならない」などと、高らかに政策転換を掲げるのだ。大学側は再び振り回されることになる。

大学は解体されなかったが・・・

本書の大学改革についてのスタンスは次の通り。

 「政府や文科省をはじめとする府省による改革の努力や試みにもかかわらず、日本の大学が危機に瀕しているのではなく、むしろ改革のために(せいで)より深刻な危機を迎えることになってしまった、と考えられる点が少なくない」

 半世紀前、東大・安田講堂に立てこもり、「大学解体」を叫んだ学生らがいた。著者はもちろんその行動に賛成する立場ではないようだが、「日本の大学は、当時の活動家たちが唱えていたのとはまるで違う意味で解体を続けてきたように思われます」と手厳しい。要するに「大学改革」自体が解体し続けているということだ。

 その責任者についても記している。政府・文科省を筆頭に、大学関係者などのほか、財務省や他省庁、企業、企業人、マスメディア、受験産業、就活ビジネス、審議会、そのメンバーなど容疑者多数。今回の大学入試改革の失敗とも重なる顔ぶれだ。その意味でも、本書は大学関係者だけでなく、広く世間の人に読まれるべき本だといえる。

 本書は6年前に着手したという。大学改革が抱えてきた深刻な問題に対する「病理診断」が主たる目的だった。ひどく気が滅入る作業であり、何度か刊行の断念を考えたという。それだけ現状=病状がひどいということにほかならない。

 
  • 書名 大学改革の迷走
  • 監修・編集・著者名佐藤郁哉 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2019年11月 6日
  • 定価本体1200円+税
  • 判型・ページ数新書判・478ページ
  • ISBN9784480072634

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