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小説 『宝島』が直木賞を受賞した現代史的な意義 2019BOOK回顧(10)

宝島

 BOOKウォッチは、小説よりもノンフィクションや一般書を取り上げることが多いため、どうしても小説への目配りは薄くなってしまう。芥川賞、直木賞の受賞作を事前に紹介することが出来たのは、2019年1月16日に発表された第160回直木賞(2018年下期)の受賞作『宝島』(真藤順丈著、講談社)だけだった。芥川賞は単行本ではなく、文芸雑誌掲載小説を対象にしている。第161回芥川賞を受賞した今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)が話題になったが、事前には紹介できなかった。ここでは2019年の文学作品について評者の目に留まった、いくつかの作品に言及するのにとどめたい。

沖縄のパワー全開『宝島』

 沖縄県名護市辺野古のアメリカ軍基地の移設工事への反対運動が続くいま、『宝島』(講談社)が直木賞を受賞した意義は大きい。なぜ沖縄の県民は普天間飛行場の代替施設の移設工事に強く反対するのか、なぜその先頭に知事が立っているのか、沖縄と米軍基地についてのさまざまな疑問が本書を読めば理解できる。

 主人公は、戦後まもなく、米軍基地から生活物資を盗み取る「戦果アギヤー」の若者たち。盗んだ食料品や衣類、医薬品、酒などを気前よく住民に分配するため、彼らは島では英雄視されていた。戦争の勝者、アメリカから生きるために物資を調達する行為は、島民による雪辱戦でもあった。

 成長とともに、彼らの道は分かれていく。暴力組織に身を落とす者、アメリカのスパイになる者、沖縄の本土復帰運動の中核になる者...。B52の墜落・爆発炎上事故、知花弾薬庫でのVXガス放出事故、1970年のコザ暴動など現実の基地をめぐる事件、事故を下敷きに物語が進む。

 みごとな「ウチナーグチ」(沖縄方言)で書かれ、圧倒的に熱量の高い作品だ。東京出身の真藤さんは、当初、沖縄の問題を出身者ではない自分が書くのにためらいを持ったそうだ。それを吹っ切ったときに、沖縄が作品の中で躍動した。

 タイトルの『宝島』とは「命どぅ宝」(命こそ宝)という沖縄でよく膾炙したフレーズから取ったものだろう。現実に沖縄で、そして作中で無残に散っていった無数の命への思いが込められている。

大阪の土俗的な力あふれる『夏物語』

 芥川賞作家、川上未映子さんの『夏物語』(文藝春秋)も読みごたえのある長編だ。大阪で生まれ育った夏子は、20歳のときに上京して10年。東京・三ノ輪のアパートに住み、アルバイトをしながら一人暮らしをしている。大阪でホステスをしている姉の巻子がもうすぐ12歳になる娘の緑子を連れて東京に来る。豊胸手術のカウンセリングのための上京ということだが、姉妹のやりとりやおしゃべりの中に主人公の生育環境が浮かび上がる仕掛けになっている。

 夏子が暮らしていた大阪の街は、こんなところだ。

 「高級なものとはいっさい縁がなく、飲み屋街全体がこう、茶色に変色しながらかたむいているような雑多な密集地帯である」
 「一杯飲み屋、立ち食いそば、立ち食い定食屋、喫茶店。ラブホテルというよりはラブ旅館、みたいな廃墟のような一軒家。電車みたいに細ながい造りの焼肉屋...」

 その後、夏子は33歳のときに小さな文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。初めての短篇集がテレビの情報番組で紹介され、6万部売れるという望外のヒットになった。三ノ輪から三軒茶屋に引っ越し、エッセイなどの短い原稿を書き、なんとか文筆だけで生計を立てている。しかし、肝心の小説はなかなかはかどらない。

 そんな38歳の夏子がはまったのが、パートナーなしでの出産だった。事情があり、男性を受け付けなくなった夏子は精子提供での出産を模索していた。そんな中、精子提供で生まれ、本当の父を捜す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。

 そしてある夏、夏子はひさしぶりに大阪を訪ねる。著者の川上未映子さんは、大阪出身。本作は世界十数カ国での翻訳が決定している。普遍的なテーマとディープ大阪の持つ土俗的な力がマッチして感動を与える。

死後再発見されたルシア・ベルリン

 翻訳物では、アメリカの女性作家ルシア・ベルリン(1936-2004)の短篇24篇を岸本佐知子さんが選んで翻訳した『掃除婦のための手引き書』(講談社)が、お勧め。ルシア・ベルリンが、「再発見」されたのは死後10年余りたった2015年。その後アメリカでベストセラーとなった。

 毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)、夜明けにふるえる足で酒を買いに行くアルコール依存症のシングルマザー(「どうにもならない」)、刑務所で囚人たちに創作を教える女性教師。どの作品にもルシア・ベルリンの影が見える。

 1936年アラスカ生まれ。アメリカ各地やチリ、メキシコなどを移り住む。結婚と離婚を繰り返しながら、1971年からカリフォルニアに住み、高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などをしながら、シングルマザーとして4人の息子を育てる。90年代にアルコール依存症を克服すると刑務所などで創作を教えるようになり、94年にはコロラド大学の客員教授となる。肺疾患が悪化、2004年にがんのため死去、68歳の誕生日だった。

 そんな人生の真実が24篇も収録された本書は、実にお値打ちな本だ。

 

現実と幻想が一体に『人外』

 野間文芸賞を受賞した松浦寿輝さんの『人外』(講談社)は「にんがい」と読む。「にんがい」は人でなし、という意味。本書の主体は、アラカシの枝の股から滲みだし、ビーバーのような水生獣のかたちをとっているが、いくつもの人間たちの意識の集合体という存在だ。これはもう人ではないだろう。

 人外は川の上流から下流へと荒廃した世界のなかを横切ってゆく。子どもの死骸がよこたわっている川の中州、死体を満載した列車、ひとけのない病院、廃墟となった遊園地...。いったい何が待ち受けているのか。現実と幻想が一体となった叙述のなかで、時がゆっくりと流れてゆく。

 詩文が一体となった美しさとみずみずしさが感じられる。ヒトでないものを通して、人間の魂について書かれた傑作である。

芥川賞ぜんぶ読んでみたら

 小説ではないが、『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)も紹介したい。84年間の受賞者169人の受賞作180作すべてを読み、1作ごとコンパクトに解説した本だ。

 この酔狂な試みに挑戦したのは、ライター・WEB編集者の菊池良さん。昭和のベスト20を参考までに挙げると、こうなる。

 石川達三『蒼氓』、村上龍『限りなく透明に近いブルー』、大江健三郎『飼育』、三田誠広『僕って何』、遠藤周作『白い人』、池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』、石原慎太郎『太陽の季節』、中上健次『岬』、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』、北杜夫『夜と霧の隅で』、井上靖『闘牛』、吉行淳之介『驟雨』その他、丸谷才一『年の残り』、庄野潤三『プールサイド小景』、古井由吉『杳子』、安部公房『壁-S・カルマ氏の犯罪』、丸山健二『夏の流れ』、開高健『裸の王様』、安岡章太郎『悪い仲間』『陰気な愉しみ』、小島信夫『アメリカン・スクール』

 いずれも昭和の文学史に位置づけられる作家と作品であり、妥当なところだろう。

 菊池さんがぜんぶ読んだ末に把握した受賞作品の傾向を挙げている。

 ① 「若者の享楽」系 石原慎太郎『太陽の季節』、村上龍『限りなく透明に近いブルー』、金原ひとみ『蛇にピアス』の系譜。20~30年の間隔で出てくる。
 ② 「老年の境地」系 中山義秀『厚物咲』、丸谷才一『年の残り』、南木佳士『ダイヤモンドダスト』など。
 ③ 「一代記」系 松本清張『或る「小倉日記」伝』、奥泉光『石の来歴』など、主人公の一生がほとんどまるごと小説で書かれている。
 ④ 「戦争もの」系 小島信夫『アメリカン・スクール』など。
 ⑤ 「海外の孤独」系 大庭みな子『三匹の蟹』、山本道子『ベティさんの庭』など、外国へ移り住んだ女性の孤独を題材。

岩波文庫そっくり『月の満ち欠け』

 最後に評者が長年追っかけをしている佐藤正午さんの話題を。2017年に岩波書店として初の直木賞受賞作となった佐藤さんの『月の満ち欠け』が、岩波文庫そっくりの装丁で、今年刊行され話題になった。

 まだ文庫入りには早かったため、佐藤さんの強い希望で、「岩波文庫的」という岩波文庫そっくりの装丁で刊行された。賞にはもう縁がないとあきらめていたファンを受賞とともに喜ばせた。

  • 書名 宝島
  • 監修・編集・著者名真藤順丈 著
  • 出版社名講談社

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