第161回芥川賞・直木賞の候補作が6月17日(2019年)に発表され、今回女性の候補がとりわけ多いと話題になったばかりだ。数多くの文学賞の中でも圧倒的な存在感をもつ両賞。とりわけ文学新人賞である芥川賞は、大きなニュースとなり、受賞者はスポットライトを浴びる。
本書『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)は、84年間の受賞者169人の受賞作180作すべてを読み、1作ごとコンパクトに解説した本だ。
この酔狂な試みに挑戦したのは、ライター・WEB編集者の菊池良さん。『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一さんと共著、宝島社)とその続篇でスマッシュヒットを放った書き手だ。
動機は単なる思いつきだったという。「無茶なことをしてみればウケるだろう」というノリで企画。WEBメディアでの連載が始まり、書籍化も決定。後に引けなくなり、それまで勤めていた会社も辞めて、1年間芥川賞に専念したそうだ。
本書は3部構成になっている。まず、昭和の作品からベスト20を著者の独断でピックアップしている。次に平成30年間の作品を最新作から時間をさかのぼる形で紹介。最後に昭和の作品のベスト20以外を取り上げている。
昭和のベスト20を参考までに挙げると、こうなる。
石川達三『蒼氓』、村上龍『限りなく透明に近いブルー』、大江健三郎『飼育』、三田誠広『僕って何』、遠藤周作『白い人』、池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』、石原慎太郎『太陽の季節』、中上健次『岬』、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』、北杜夫『夜と霧の隅で』、井上靖『闘牛』、吉行淳之介『驟雨』その他、丸谷才一『年の残り』、庄野潤三『プールサイド小景』、古井由吉『杳子』、安部公房『壁-S・カルマ氏の犯罪』、丸山健二『夏の流れ』、開高健『裸の王様』、安岡章太郎『悪い仲間』『陰気な愉しみ』、小島信夫『アメリカン・スクール』
いずれも昭和の文学史に位置づけられる作家と作品であり、妥当なところだろう。
菊池さんがぜんぶ読んだ末に把握した受賞作品の傾向とは......。
① 「若者の享楽」系 石原慎太郎『太陽の季節』、村上龍『限りなく透明に近いブルー』、金原ひとみ『蛇にピアス』の系譜。20~30年の間隔で出てくる。 ② 「老年の境地」系 中山義秀『厚物咲』、丸谷才一『年の残り』、南木佳士『ダイヤモンドダスト』など。 ③ 「一代記」系 松本清張『或る「小倉日記」伝』、奥泉光『石の来歴』など、主人公の一生がほとんどまるごと小説で書かれている。 ④ 「戦争もの」系 小島信夫『アメリカン・スクール』など。 ⑤ 「海外の孤独」系 大庭みな子『三匹の蟹』、山本道子『ベティさんの庭』など、外国へ移り住んだ女性の孤独を題材。
もちろんこれらがすべてではないし、テーマありきで作者は小説を書く訳ではないが、長い間の受賞作を分析したところ、そうした傾向が浮き上がったということだろう。
また、菊池さんはあらゆる社会問題が題材になっており、戦後史がわかると指摘している。第二次大戦、学生運動、バブル崩壊後の不景気、情報社会の発達と危うさなどをテーマにした作品の例を挙げている。
作品の紹介にとどまらず、作者の経歴などにも触れており、近現代の日本文学ガイドとしても重宝だ。
芥川賞と言えば、読売新聞で長く文芸を担当している鵜飼哲夫記者の『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』(文春新書)という「傾向と対策」本がある。文芸記者はすべての選評から傾向に迫ったが、菊池さんはすべての作品にぶつかった。大変な労力だと思う。文豪の文体模写から始まった文学嗜好がこの先、どこに向かうか楽しみだ。
本欄では、菊池さんの本として、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』(宝島社)を紹介している。
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