ラグビー知的観戦のすすめ
2020年の東京オリンピックの会場となる新国立競技場の建設が完成し、先日お披露目が行われた。東京・千駄ヶ谷周辺にはこのほかにも神宮球場などスポーツ施設が集中している。都心の一等地なのに、これだけ広い土地が確保できたのはなぜだろう?
早稲田大学人間科学学術院教授の武田尚子さんは、『近代東京の地政学』(吉川弘文館)の中で、「寛文五年(1665)に千駄ヶ谷焔硝蔵が設けられて以来、350年余、『尚武』から『勝負』へと、連綿と『武』に親和的な土地の特徴が存続してきた」と書いている。
江戸幕府の火薬庫が千駄ヶ谷に設けられたのがきっかけだというのだ。明治以降も東京の西南部には軍事施設が数多く立地した。軍用地が移転などにより空き地となり、そこにスポーツ施設が生まれた。NHKの大河ドラマ「いだてん」でも、1964年の東京五輪の際、代々木の選手村は米軍の住宅跡地に作られたエピソードを紹介していた。
軍事とスポーツの思いがけない縁が浮かび上がる。
「いだてん」といえば、三島弥彦がクローズアップされた。日本最初のオリンピック選手だ。これまではマラソンの金栗四三のみが有名だったが、もう一人、三島も参加していた。『日本初のオリンピック代表選手 三島弥彦――伝記と史料』(芙蓉書房出版)は、三島の本格的な評伝。1912年(明治45年)の第5回ストックホルム・オリンピック大会に短距離選手として参加し、100メートル、200メートルでは予選敗退、400メートルは準決勝に進む権利を得たが、足の痛みで棄権、という結果。
三島は当時、東京帝大生。野球や柔道などスポーツ万能で知られていた。卒業後は横浜正金銀行(のちの東京銀行)に就職し、海外支店に26年も勤務、1954年に亡くなった。社会人になってからは陸上競技などスポーツの世界とほとんど接点を持たなかった。ふたたびの東京五輪を契機に埋もれていた人に光が当たった。
オリンピックとともにパラリンピックへの関心も高まっている。『WHO I AM――パラリンピアンたちの肖像』(集英社)には、内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート、盲目サッカー選手、四肢を失ったフェンシング選手など多彩な選手たちが登場する。いずれも逆境にもめげず、パラスポーツに挑戦し、不可能を可能にした人たちだ。
南アフリカのナタリー・デュトワ選手は、元々オリンピックで有望視されていた競泳選手だった。ところが不慮の事故で左足の膝から下を切断。それでもへこたれずトレーニングを再開して障がい者スポーツ大会に出場。やがて健常者の大会にも復帰し2003年のアフリカ選手権では800メートルで優勝。北京五輪ではパラリンピックとオリンピックの両方に出場し、パラリンピックでは自由形、バタフライなどで5つの金メダルを獲得したという。
このナタリー・デュトワ選手を目標として練習に励み、ついにロンドンパラリンピックの100メートル自由形で彼女に勝ったオーストラリアのエリー・コール選手のことが詳しく紹介されている。がんで幼少の時に片足を失った。水泳を始めてから数週間は、円を描くようにしか泳げず、まっすぐ泳ぐのに苦労した。そんな少女が、金メダルをつかむまでの物語だ。
2019年9月20日から日本で開催されたラグビー・ワールドカップに日本中が熱狂した。にわかファンが生まれ、ルールから勉強した人も少なくない。関連書の中では、『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)がお勧めだ。廣瀬俊朗さんは、ラグビー・ワールドカップ2019公式アンバサダー。慶応義塾大学を経て東芝に入社。2007年から日本代表になり、12年から13年まで日本代表のキャプテンを務めた。「ラグビーは多様性を持った競技」と書いている。
さまざまな国籍をもつ選手が同じチームにいる。応援するうちに違和感がなくなり、「ラグビーっていいな」と思った人も多いだろう。
ラグビーは、サッカーのようにいくつものチームをひとつの大会に集めて「どこが一番強いか」を競うカップ戦を長く禁じてきた。ホーム&アウェーが原則だった。さらに1995年に廃止されるまで厳しいアマチュア規定があった。カップ戦とプロの否定が、サッカーから57年もワールドカップ開催が遅れた理由だという。そんなラグビーの歴史と競技の魅力を伝えてくれる本だ。
ラグビー・ワールドカップは、東京、横浜などのほか、札幌、釜石(岩手県)、豊田(愛知県)、神戸、福岡、大分、熊本など地方でも開催された。そのため、日本全体が盛り上がった。その経済効果は4200億円ともいわれた。
『「地元チーム」がある幸福』(集英社新書)の著者橘木俊詔さんは京大教授などを経て、現在、京都女子大学客員教授。橘木さんは、「遠くのオリンピックより、近くのチームの方が大切だ!」と訴える。
さらに、2020年東京オリンピックこそ「悪しき中央集権」の象徴であり、箱根駅伝競走の功罪、東京発スポーツメディアの功罪と筆を進めている。
そして、東京一極集中の日本社会を変革するツールとして、プロスポーツチームの地方分権化の推進を説いている。
2020年の東京五輪を前に、知られざるエピソードに光を当てたのが、『孫基禎――スポーツは国境を越えて心をつなぐ』(社会評論社)だ。日本植民地下の朝鮮から1936年のベルリン五輪にマラソン選手として出場し、金メダルを獲得した孫基禎。同胞の金メダルを伝える朝鮮の新聞「東亜日報」は、孫の胸の「日の丸」を消した写真を掲載し、無期限発行停止処分となった。
その後、明治大学に留学したが、「再び陸上をやらないこと、人の集まりに顔を出さないこと」が日本政府の条件だった。「幻のスーパーランナー」が箱根駅伝に出られなかった事情を、著者の寺島善一・明治大学名誉教授が明かしている。
東京五輪を舞台にした真山仁さんの小説『トリガー』(株式会社KADOKAWA)には驚いた。国立競技場の正面に従軍慰安婦像が忽然と出現する。日本政府は韓国に厳重抗議し即時撤去を求めたが、韓国大使は「我が国がこんな無礼を働くはずもなく、祖国で活動している団体も、嫌疑に対して強く否定している」と反論した。何者かが認知症の老人名義で土地を購入し、設置したと見られ、違法行為と証明されない以上、政府といえども強制撤去は難しかった。
世間の眼が従軍慰安婦像に集まる中、東京のインテリジェンス(諜報)の世界で事件が起きる。東京五輪の韓国代表選手を軸にストーリーが展開するという発想には意表を突かれた。
年が明けると、東京はオリンピックの話題一色になるだろう。どんなスポーツ関連の本が出るのか、今から楽しみだ。
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