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東京五輪で一発の銃弾が放たれる、壮大な謀略小説

トリガー

 人気シリーズ『ハゲタカ』の著者、真山仁さんが壮大なスケールの最新作を書いた。本書『トリガー』(株式会社KADOKAWA)は、上下2巻。2020年の東京五輪を舞台に、日米韓が入り乱れる謀略小説という形で、現代社会に迫った作品だ。

国立競技場の正面に従軍慰安婦像

 初出は「野性時代」2018年1月号から2019年4月号。連載を始めた頃、著者は日韓関係がいまのように緊張を高めているとは予想していなかったかもしれない。ストーリーをけん引するヒロイン役は、東京五輪馬術競技韓国代表のキム・セリョン。彼女はソウル中央地検検事でもあり、叔父である韓国大統領の不正を捜査していた。

 二度も凶漢に襲われ、捜査を止めるように脅されるが、意に介さず本番に向けてトレーニングを続ける。頭脳と美貌と富を兼ね備えた彼女の人物像が魅力的だ。

 五輪直前の東京は騒然としていた。国立競技場の正面に従軍慰安婦像が忽然と出現したのだ。日本政府は韓国に厳重抗議し即時撤去を求めたが、韓国大使は「我が国がこんな無礼を働くはずもなく、祖国で活動している団体も、嫌疑に対して強く否定している」と反論した。何者かが認知症の老人名義で土地を購入し、設置したと見られ、違法行為と証明されない以上、政府といえども強制撤去は難しかった。

 世間の眼が従軍慰安婦像に集まる中、東京のインテリジェンス(諜報)の世界でも事件が起きていた。米軍の女性情報将校が惨殺され、北朝鮮の工作員3人が立て続けに不審死していた。

 国家安全保障会議(NSC)から調査を依頼された冴木治郎の人物像が陰影に富んでいる。元内閣情報調査室長で引退して田舎で農業をやるつもりだったが、曲折があり調査会社を営んでいる。養女の怜は、北朝鮮エージェントの忘れ形見だった。冴木の説得で二重スパイとなったが惨殺され、怜が養女となった。

 水面下で冴木と接触する麻布十番の寺の住職、和仁直人ことユ・ムンシクの裏の顔は北朝鮮工作員の元締めだ。冴木と和仁は共同戦線を張る。

「スパイ天国」と言われた昭和の日本

 30人近くいる主な登場人物のリストを横目に読み進める。スパイ、工作員という怪しげな人物が跋扈するさまは、令和のいまリアリティーが感じられないかもしれないが、昭和の事件簿を思い出すと、現実だったことを思い出す。1973年その後、韓国大統領となった金大中氏は白昼、東京で韓国の情報機関KCIAに拉致され、殺される寸前で解放された。日本の国家主権が侵されたが、韓国の関与は不問に付された事件だった。

 一方1974年、韓国の朴正煕大統領の暗殺事件が起き、夫人が殺された。犯人の文世光は在日コリアンで、北朝鮮の関与が疑われたが、日本政府の動きは鈍かったため、日韓関係は国交回復以来、最大の危機を迎えた。

 日本を舞台に、韓国、北朝鮮双方の工作員が活動していることが分かり、日本は「スパイ天国」と揶揄される事態となった。そうしたことを念頭に置けば、本書の設定は夢物語ではあるまい。

 日韓双方がキム・セリョン選手の警備にあたり、東京五輪は開幕する。そして一発の銃弾が放たれる。

 下巻では、事件の背景に巨額の金が絡んだ陰謀があったことが明らかになる。

 トランプ大統領が在韓米軍の駐留費の大幅な増額を要求しているという報道を耳にすると、本書の肝となる驚くべき発想も意外ではなくなる。極東の軍事バランスの維持にアメリカがどう対応するかと考えたとき、本書はエンターテインメントという体裁を取りながら、それを予見していた、と将来評価されるかもしれない。

 真山さんは「このジャンルを書きたくて作家になりました」とコメントを寄せている。『ハゲタカ』シリーズは、そのための準備期間だったと言えるだろう。『ハゲタカ』では、企業の利益を追求する者たちの群像が描かれた。本書では国家の安全保障という、さらにスケールの大きいものを巡り、個人の思惑が重なりながら組織がぶつかり合う。

 それにしても、東京五輪の韓国代表選手を軸にストーリーが展開するという発想には意表を突かれた。日韓関係が極度に緊張するいま、雑誌連載とのタイムラグが思わぬ効果を上げているように思う。この物語が韓国でどう読まれるのか、韓国での早期の翻訳・刊行を期待したい。  

  • 書名 トリガー
  • 監修・編集・著者名真山仁 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2019年8月30日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・272ページ
  • ISBN9784041054963
  • 備考上下2冊刊

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