原著は米国で出版されている。本書はその翻訳本だ。『ザ・ディスプレイスト――難民作家18人の自分と家族の物語』(ポプラ社)。日本では絶対に作られない本でもある。
その理由は、一つにはこの本が、世界各地にルーツを持つ難民作家のエッセイ・アンソロジーだということ、もう一つはトランプ政権下だからこそ発案され刊行されたという事情がある。
企画を立てたのは、米国エイブラムス社の編集長、ジェイミソン・ストルツ氏。妻が難民だった。編者となって執筆者を集めたのは、ヴィエト・タン・ウェン氏。1971年、ベトナム生まれ。75年のサイゴン陥落で家族とともにアメリカに逃れた人だ。現在は南カリフォルニア大学で英文学やアメリカ文学、エスニシティの教授をしている。著書『シンパサイザー』でピューリッツァー賞を受けている作家でもある。
本書に登場する18人の難民作家は多彩だ。アフリカ、中東、東欧、東南アジアなど世界中のあらゆる国や地域から、アメリカやカナダなどに逃れてきた。自分の意思で移動する「移民」と違って「難民」は、たどり着いた先でも排除されることが多い。どこにも安住の地がない。故郷を失った喪失感。精神的にも疎外を強いられた体験を持つ。
母国からストレートに現在の国にたどり着かなかった人も少なくない。「肉と砂」を書いたファーティマ・ブットー氏はアフガニスタンからシリアを経てパキスタンへ。「難民と流浪者」のマリーナ・レヴィツカ氏はウクライナ人としてドイツの難民キャンプからイギリスへ。「旅の道のりで起こること」のマーザ・メンギステ氏はエチオピアからナイジェリア、ケニアを経てアメリカへ渡っている。
周知のように、アメリカではトランプ大統領が排外主義的政策を強めている。ストルツ氏はイスラム諸国からの入国禁止にたいする抗議行動に心を動かされ、この企画を立てたという。つまりトランプ政権あっての企画だった。アメリカの出版界の、骨太で真っ当な精神を知ることができる。
本書の編者ウェン氏は「物語を聞いたり本を読んだりするだけで満足するのは危険」と警告する。そのあとの行動によって「ようやく文学は世界を変えることができる」というわけだ。なんとなく、サルトルを思い出す。とはいえ、「現実」を知らないことには何も始まらない。訳者の山田文さんは「あとがき」で「物語、文学、思想を抜きにして社会を変えることもまた不可能だ」と書く。
本書を読んで感心するのは、流転の人生にもかかわらず、今では英語で、ちゃんとした文章を発表する執筆者たちの能力の高さだ。日本でも、後天的に日本語を学んで作家になった人は最近目立つが、本書の筆者たちは、移民ではなく難民。ボートピープルなど、まさにゼロからのスタートが多いだけに驚く。さらに多くが、自らの出自やルーツにこだわり、自身の歴史に責任を持とうとしている点にもしぶとさがうかがえる。
ノーベル文学賞は近年、圧政と闘う作品や、現代史と正面から向き合う社会性のある作品が高く評価される傾向がある。加えて、地域や国家、民族のオリジナリティが強ければ、なお好まれるようだ。本作に収録された著者の中から、将来のノーベル賞が生まれる可能性もある。ニューヨークの村上春樹氏は、とっくに原著を読んでいるかもしれない。
本欄では関連で、『世界史を「移民」で読み解く』(NHK出版新書)、『村上春樹を読みつくす』(講談社現代新書)、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)、『謎解き 聖書物語』(ちくまプリマー新書)、『マッドジャーマンズ』(花伝社)なども紹介している。またJ-CASTトレンドでは「日本語が母国語ではないベストセラー作家」についての記事も掲載している。
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