ヒロイン花咲舞の名前は、小説に関心がない人でも聞いたことがあるだろう。2014年、15年と2回にわたりテレビドラマ化されたからだ。その原作かというとそうではない。テレビドラマのもとになったのは、04年に刊行された連作短篇集『不祥事』である。同名のヒロインが登場する本作は、読売新聞の連載小説(16年)で、今回いきなり文庫化されたものである。13年ぶりの続編にあたる。
銀行を舞台にした点では、同じ著者の「半沢直樹」シリーズと同様だが、女子行員が主人公なので設定に違いがある。舞は東京第一銀行本店事務部の臨店指導グループに所属する行員だ。支店のトラブルに対応するのがおもな仕事だが、猪突猛進するため「狂咲」とあだなされている。7つの短編からなるが、ライバル行との合併問題という大きなストーリーに沿って、隠蔽工作や社内人事のかけひきなどが繰り広げられ、舞が活躍するという筋だ。
前作『不祥事』からの13年の間に都市銀行の合併が進み、メガバンクが誕生するという大変動があった。その時代背景が本作のモチーフになっていることは明らかだ。
著者の池井戸潤さんがかつて三菱銀行に勤めていたことはよく知られている。「半沢直樹」シリーズに出てくる銀行内の用語は「間違いなく三菱銀行のものだ」と知り合いの同行OBが語っていた。彼らと話をしていて驚くのは何年に入行し、どこの支店にいて本店のどの部にいたかということを他人のことまで実によく知っているということだ。つまり人事情報に詳しいということ。合併後も旧銀行ごとに結束していることは言うまでもない。本作でも「半沢直樹」シリーズでも上司や他の部署の幹部との軋轢、摩擦といかに対応するかにドラマのエネルギーの大半が費やされている。そしておそらく現実とは違って、下位の者の「正義」が勝つというところに読者、視聴者の支持が集まるのだろう。
そう言えば、「半沢直樹」シリーズの第4弾にあたる『銀翼のイカロス』(文春文庫)と本作は同時期に刊行され、共同キャンペーンを行っている。銀行内の正義派二人が手を携えたというわけだ。中公と文春、出版社が違うのに珍しい二人三脚。まさか合併するのでないでしょうね。
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