新聞や雑誌でおなじみの川柳。最近では「サラリーマン川柳」から名称を改めたものの、略称「サラ川」として、多くの応募作品を集めている。
俳句と同じく五七五の字数だが、季語があって、芭蕉や蕪村、子規など有名な俳人とともに、世界から伝統日本文化として仰ぎ見られることの多い俳句に対し、川柳は、どちらかといえば、詠み人知らずが多く、庶民の憂さを晴らすための遊びとして低く見られてきた感がある。
本書『日本の風刺詩 川柳』(花伝社)は、戦後間もない1949年、英語教師として日本に勤務しながら、日本文学を英語圏に発信し続けてきたR.H.ブライスが、川柳について英語で書いたものの邦訳である。ブライスは川柳を俳句に劣るものではなく、タイトルにもあるように、「風刺詩」としての独自の評価を与えるとともに、俳句との比較も綿密に行っている。彼が川柳に見出した文学性や風刺性は、現在の日本人から見ても新鮮なものがある。
「序論」でブライスは、「川柳は、自然の事物ではなく人間の本質への『瞬間の幻』を表現するものである」と述べる。それに対し、俳句については「世界の自然つまり自然界というものを、『瞬間の幻』で表現する」と定義する。同じ『瞬間の幻』であっても、焦点が当たるのが人間か自然かという大きな違いを強調して明快だ。
同じ素材であっても、俳句は
「我笠や田植の笠にまぢりゆく」(支考)
と、旅の編笠と田植え笠のつながりを詠むのに対して、川柳は、
「道問えば一度に動く田植笠」(古川柳)
と、作者と縁もゆかりもない人の動きを詠む、といった具合に、豊富な例を挙げていく。
川柳の起源とされる「前句付け」は、いまでこそ、テレビ番組『笑点』の大喜利で有名だが、江戸時代の前句付けと俳句、そして川柳の歴史にも深くかかわっていることを、本書で初めて知る日本人も多いだろう。
また、翻訳書ならではの効用もある。日本人でも理解が難しい古川柳があるが、本書には、原書にあった英語訳も付いている。この英語を読むと古川柳の意味がにわかに立ち上がってきて、味わいがあるのだ。
ロンドン大学卒業後に、旧日本植民地時代の韓国の京城帝国大学の教職にあったが、実は、英国にいた18~21歳のときには、第1次世界大戦への良心的兵役拒否で監獄に収容されている。
第2次大戦勃発直後に日本に再び戻り、本格的な日本文学研究を始めたものの、今度は太平洋戦争の開戦で「敵性外国人」として神戸で抑留生活を送る羽目になる。
二つの戦争と二つの国で囚われの身となった経験の中で、ブライスは日本の俳句、そして川柳を見つめる感性を研ぎ澄ましていったのだろう。そこには、俳句と川柳の二つの世界が、それぞれに違った輝きを放っていたように思う。
戦後、ブライスは、学習院大学の教師として、当時の皇太子(現上皇)の英語個人教授も務めた。そして、俳句や川柳だけでなく、禅を英語圏に紹介する著作も進め、米国における俳句と禅ブームの火付け役を果たしたという。
本書で紹介される多数の川柳は、昭和初期のころのもので、世情も今とはまるでことなるが、時代を越えて共感できる川柳も少なくない。
こんな英国人がいたこと、そして、そのブライス生誕125年の節目にあたる今年に川柳の持つ魅力を再発見できる本書が刊行されたことは、日本人にとって喜ばしい。
最後に、ブライスが本書の末尾近くで紹介している古川柳をひとつ。
「じつとしてゐなと額の蚊を殺し」
この川柳を英国人がよくもまあ選んだものだと驚嘆しつつ、これから川柳で日記をつけるのも悪くないかと思った。
■R.H.ブライスさんプロフィール
1898年、イギリス、エセックス州レイトン生まれ、1964年、脳腫瘍で東京にて逝去。享年65。第一次世界大戦の良心的兵役拒否のため、ロンドンの監獄に18歳から21歳の約3年間収監。太平洋戦争中は日本で交戦国民間人抑留所に約3年半収容される。そうした逆境の中から、日本文学と文化の禅・俳句・川柳という平和のシンボルを英語圏に発信し続け、なかでもアメリカにおける禅と俳句ブームの火付け役を果たした。第二次大戦後は学習院大学外国人教師として勤務し、昭和天皇の「人間宣言」の英文草稿を作成し、皇太子(現上皇陛下)殿下の英語の個人教授を亡くなるまで十数年務めた。1954年、『禅と英文学』(1942)と『俳句』四部作(1949-52)によって、東京大学より文学博士号授与。1959年、勲四等瑞宝章受章。
■西原克政さんプロフィール
にしはら・かつまさ/1954年、岡山県に生まれる。翻訳家。訳書にThe Singing Heart(山本健吉編『こころのうた』の英訳、Katydid Books)、『定本 岩魚』(童話屋)、『えいご・のはらうた』(童話屋)、『谷川俊太郎の詩を味わう』(ナナロク社)、『自選 谷川俊太郎詩集』(電子書籍、岩波書店)。これまで谷川俊太郎の8冊の詩集の英訳を共訳者のウィリアム・I・エリオットと電子書籍で刊行している。近刊に『対訳 厄除け詩集』(田畑書店)。
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