テレビで外国人女性に街頭インタビューをしているのを見て、吹き替えや字幕に違和感を覚えたことはないだろうか。たとえば、行列のできるラーメン店の前で20代とおぼしき女性の英語が、こんな具合に訳されていたら?
「驚いたわ。だって、みんな文句も言わずに並んでいるんだもの。私たち、もう30分も並んでいるのよ。日本じゃこれが普通なのかしら。」
知らない人に話しかけられたら普通「ですます」で答えるよね、というのはさておき、今どきの若い女性が「〇〇だわ」「〇〇のよ」なんて話し方をするのをめったに聞かない。
このような「女ことば」はなぜ生まれ、どう広まっていったのか。それをひも解いていくのが本書、『女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語』(河出新書)だ。
著者はドイツ文学の翻訳家として知られる平野卿子さん。ドイツ語や英語との比較を交え、「女」と「ことば」、そこに潜むジェンダー格差の問題を掘り下げていく。
本書で「女ことばの特徴」として挙げられているのは次の通り。
・特有の終助詞(「のよ」「わ」「かしら」「わよ」など)を使う
・訛った母音(「うるせえ」「知らねえ」など)を使わない
・卑語や罵倒語(尻(ケツ)「畜生」など)を使わない
・接頭辞「お」をつける(「お砂糖」「お花」など)
・感動詞は「まあ」「あら」など
・敬語をよく使う
(本文より)
こうしたことば遣いは「日本の伝統」と思われがちだが、意外と歴史が浅いらしい。本書によれば、江戸時代までは女と男のことば遣いはあまり変わらなかったといわれており、女ことばが為政者によって恣意的に取り入れられたのは、明治時代以降のことだという。それが「日本女性は丁寧で控えめで、上品だという<女らしさ>と結びつけられ」たことから、女ことばは女性を縛る規範となった。
「日本の女ことばにあたるようなことば遣いは、西洋語にはないといっていい」と平野さんは書いている。一方で、「女性らしい言い回し」は英語やドイツ語にもあるという。「あなたもそう思わない?」といった断定しない表現、「ひょっとして今日時間ある?」のような用心深い口のきき方、「もし誰も反対でなかったら......」というもってまわった言い方などがそうで、日本語にもそっくりそのまま当てはまる。
今では「〇〇だわ」などの「女ことば」は使われなくなってきているが、「女性らしい言い回し」は意識の奥深くに刷り込まれたもので、そう簡単には変えられない。それこそが問題であり、日本の女性にとってこの「女性らしい言い回し」と訣別することは、西洋諸国の女性たち以上に困難ではないか、と平野さんは指摘する。
2023年の日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位で、男女格差は埋まらない。その理由の1つとして平野さんは、「人生のあらゆる局面において、わたしたち日本人には日本独自の『性別の美学』が深く刷り込まれており、もはやそれと意識して見つめない限り気がつかないところまできている」ことを挙げている。
「意識して見つめない限り気がつかない」ことは、ことばの中にも潜んでいる。たとえば、「少女」の対語は「少年」であり、「少男」ではない。その理由を平野さんはこう説明している。
男を表現するときには背後に「性を超えた人間性」があるのに対して、女の場合は「性」から逃れられない。(本文より)
ほかにも、女性が成熟して一番美しい時を指す「女盛り」に対し、働き盛りを指す「男盛り」、意気地がなく情けないさまを表す「女々しい」に対して、勇敢で男らしいさまを表す「雄々しい」なども非対称なワードだ。「男前」はあるのに「女前」はない、「男気」とは言うが「女気」とは言わないなども同様で、普段なにげなく使っていることばからも「男=強くて優れている」、「女=弱くて劣っている」といったイメージが刷り込まれているのだ。
あとがきで平野さんは、「女ことば」は話しことばに過ぎず、現代ではもはや男女格差を助長する働きはほとんどないと言っていい、と書いている。そして、女性にとって大事なのは、明確な意思表示をすることであり、そのためには「女らしい言い回し」をやめるべきだと繰り返し説いている。では「女ことばは生き残るのか?」という問いに対する平野さんの答えは、ぜひ読んで確かめてほしい。
ほかにも、外国人インタビューの訳に女ことばが使われる事情など、翻訳者ならではの考察も書かれていて興味深い。ジェンダーの問題に限らず、言語に興味のある方にも気づきをくれる一冊。
■平野卿子さんプロフィール
ひらの・きょうこ/1945年、神奈川県生まれ。翻訳家。お茶の水女子大学卒。テュービンゲン大学留学。メアス『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』でレッシング翻訳賞を受賞。訳書にマン『トーニオ・クレーガー』他多数。
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