ベストセラーになった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』（新潮社）の著者、ブレイディみかこさんの新作が『リスペクト――R・E・S・P・E・C・T』（筑摩書房）である。
ロンドン五輪のあと、住宅に困窮する若いシングルマザーたちが起こした空き家占拠活動に着想を得た小説。ノンフィクションに定評のあるブレイディみかこさんが、自由に想像力を羽ばたかせている。
英国の労働者階級へのシンパシーにあふれた作品で知られる著者が登場人物に据えたのは、若いシングルマザーたちだ。
リーダー的存在のジェイドは、元保育士の20歳。若年層ホームレスのシェルターから退去せよという通知を受け、運動を始める。仲間には黒人女性のギャビー、フィリピン系移民の母親を持つシンディがいて、この2人もまたシングルマザーだ。
2013年にロンドン東部で実際に起きたE15 FOCUS運動の背景には、前年のロンドン五輪を契機とする大がかりな再開発への反発があった。
郵便番号が「E15」のこの地区は、もともとは廃棄物処理場や倉庫が立ち並ぶ、さびれた地域だったが、五輪の選手村やスタジアムなどの競技場が集まるオリンピックパーク用地となった。
古い商店街や住宅地は取り壊され、高級マンションやオフィスビル、巨大なショッピングモールができて、一大ニュータウンとして生まれ変わった。
彼女たちが住む10階建てのホームレス専門ホステルもそんな区画に立っていた。福祉予算削減の一環として、彼女たちは追い出されようとしていたのだ。
こうした動きは、「ジェントリフィケーション」と呼ばれた。低所得の人々が住んでいた地域が再開発され、おしゃれで小ぎれいな町に生まれ変わることを意味する。「都市の高級化」とも呼ばれ、住宅価格や家賃の高騰を招き、もとから住んでいた貧しい人々の追い出しにつながる。
彼女たちは行政の窓口に行き、相談するが、「職員へのリスペクトを示してください」と言われ、手ひどくあしらわれる。
「リスペクト？」。なんだそれ？ 怒りからジェイドは、プラカードを首から掲げ、街頭に立つ。
いかにも素人の彼女たちを見かね、初老の女性ローズが運動のやり方を教える。二の腕に、薔薇と食パンのタトゥーをする彼女は、かつて「スクウォッティング」と呼ばれた、空き家占拠運動の活動家だった。
英国では2012年に法的に禁止されるまで空き家に侵入して住み着いても犯罪にならなかった。だが、法的に禁止されてから占拠運動は過去のものとなってしまった。だから若いジェイドたちが、「占拠」と言い出したとき、いまどきの運動が忘れていた何かがある、と考え、運動の指南役になったのだ。
最初は住宅協会のショールームに、次に空き家となっている公営住宅を占拠。彼女らの運動はメディアにも取り上げられ、支援者も増えていく。
ここで日本人の元カップルが登場し、フィクションとして膨らみを持つようになる。史奈子は日本の大手新聞社のロンドン駐在員事務所に勤務する20代の新聞記者。最初はジェイドたちの占拠運動に対して「不法行為」と批判的だったが、現場の人々の相互扶助の精神にふれ、次第に理解者になっていく。
史奈子の元恋人の幸太はアナキストという触れ込み。占拠現場を取材しようと東京から押しかける。英語を話せなくても、現場の人々に入り込み、史奈子は通訳をする羽目になる。
占拠運動は裁判に。その結末は？ 彼女たちは果たして住む場を得ることができるのだろうか？
本作には、英国の労働者階級による運動の歴史が下敷きにある。2010年代のシングルマザーによる「反ジェントリフィケーション」運動、20世紀末の若者による「スクウォッティング」運動、さらに20世紀初めの婦人活動家サフラジェットによる参政権運動。その遠近感が物語に奥行きを与えている。
日英、彼我の違いを嘆いてばかりではいられない。「リスペクト」されるべきなのは、いったい誰なのか？ 貧困問題に苦しむ日本の若者にぜひ読んでもらいたい。
ブレイディみかこさんは、ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。保育士として働きながらライター活動を始める。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、毎日出版文化賞特別賞、本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞。
BOOKウォッチでは、同作のほか、『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』などを紹介済みだ。
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