「Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞2019」をはじめとする11の文学賞を受賞し、60万部を突破したブレイディみかこさんの著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。
このたび、同書の「副読本」かつ「続編」となる『他者の靴を履く――アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)が刊行された。「他者の靴を履く」=「エンパシー」=「意見の異なる相手を理解する知的能力」のことだという。
読んでいてむずかしく感じる部分はあるものの、ブレイディさんの文章そのものに惹き込まれた。「多様性の時代のカオスを生き抜くための本」として、またもや話題の1冊になるにちがいない。
今や大注目のブレイディさんだが、じつは「自他ともに認める売れない書き手だった」という。2019年に刊行された『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は「例外的に」多くの人の手に取られ、驚いたそう。
「エンパシー」は、同書の1つの章に、たった4ページだけ登場。すると「言葉が独り歩きを始め」、多くの人が「エンパシー」について語り合うようになった。これはまったくの想定外だったとか。
多くの場合、「エンパシー」は「共感」と訳されるという。そこで「『共感』ではない他者理解があるよな」ということを感じていた人が多く存在したのでは、とブレイディさんは推測する。
「それを言い表せるキャッチーな言葉がなかったところに、『エンパシー』というカタカナ語が『誰かの靴を履く』というシンプルきわまりない解説とセットになって書かれていたので、ストンと腑に落ちた人が多かったのではないか」
ただ、同書が「エンパシー本」と呼ばれるようになり、「エンパシーがあればすべてうまくいく」と受け取られてしまうのは「著者として不本意」だった。
「もっと深くエンパシーを掘り下げて自分なりに思考した文章を書くことは、たった4ページでその言葉の『さわり』だけを書いてしまった著者がやっておくべき仕事ではないかと感じるようになった」
そうして出来上がった本書は『ぼくはイエロー~』の「副読本」であり、「あの本の著者が『母ちゃん』としてではなく、『わたし』という一人の人間として(ときには一人の女性として)『他者の靴を履くこと(エンパシー)』を思索する旅に出た『大人の続編』」と位置づけられている。
「シンパシー」なら聞いたことあるけど、「エンパシー」って何? という人もいるだろう。ブレイディさんは両者の違いをこう解釈する。
■シンパシー
「感情とか行為とか友情とか理解とか、どちらかといえば人から出て来るもの、または内側から湧いてくるもの」
「かわいそうだと思う相手や共鳴する相手に対する心の動きや理解やそれに基づく行動」
■エンパシー
「能力だから身につけるもの」
「別にかわいそうだとも思わない相手や必ずしも同じ意見や考えを持っていない相手に対して、その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる知的作業」
サブタイトルに「アナーキック・エンパシー」とある。「わたしがわたし自身を生きる」アナキズムと「他者の靴を履く」エンパシーが、どこでどう繋がるのか。国内外のさまざまな文献などを引用しつつ、両者の関係について考えていく。
ここでエピソードを1つ紹介しよう。
ブレイディさんの住む地域で新型コロナの感染者が確認された頃、息子が通う中学校でも、アジア系の生徒への風当たりが強くなっていた。
息子が教室を移動中、階段ですれ違った同級生から「学校にコロナを広めるな」と言われてショックを受けた。ところが、そのあと学食で会ったとき、彼が「ひどいことを言ってごめんなさい」と謝ってきた。
どうやら階段で彼が言ったことを聞いていた誰かが、「あんなことを言うべきではない」と彼に話したようだった。「言葉にするのって大事だなと思った」と、息子は振り返ったという。
「たった一つでなければならず、たった一つであることが素晴らしいのだという思い込みから外れること。そうすれば人は一足の自分の靴に拘泥せず、他者の靴を履くために脱ぐことができるようになるのかもしれない。言葉はそのきっかけになる。既成概念を溶かして人を自由にするアナーキーな力が言葉には宿っているのだ」
これは「言葉」から「エンパシー」を考察した一例だが、本書には「現代社会の様々な思い込みを解き放つ!」メッセージがまだまだある。ブレイディさんの「思索の旅」に加わって一緒に思索してみるのも、刺激的な読書体験になるだろう。
■ブレイディみかこさんプロフィール
1965年福岡県生まれ。96年から英国ブライトン在住。ライター、コラムニスト。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞特別賞などを受賞。他の著書に『労働者階級の反乱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ブロークン・ブリテンに聞け』などがある。
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