旺盛な執筆活動で知られる作家で元外務省主任分析官の佐藤優さんが、主治医の片岡浩史さんと現代医学のさまざまな問題について語ったのが、本書『教養としての「病」』(集英社インターナショナル)である。自らを「病気のデパート」と呼ぶ佐藤さんが、「病人に最も必要なのは『教養』である」という理由とは――。
佐藤さんは、ずっと重い腎臓病を患い、昨年(2022年)1月に人工透析を始めた。3月には前立腺を全摘出するがん手術、さらに8月に冠動脈狭窄に対するステント施術と立て続けに大きな手術をした。
その一方で執筆活動は活発だ。ロシアのウクライナ侵攻に対しては、日本の論壇では極めて不人気な「即時停戦」を主張。さらに安倍晋三元首相の銃撃・死亡事件のあとで起きた宗教バッシングについても、公権力の宗教への介入に反対する立場から少数意見を述べている。
なぜ、臆せずにそうした主張を続けるのか。佐藤さんは大病を患い、「人生の持ち時間が限られているので、論壇においても自らの使命を果たさなくてはならない」という思いが強くなっているからだ、と書いている。
そう言えば、佐藤さんはジャーナリストの池上彰さんと戦後日本の左翼の歴史を語り合い、『真説 日本左翼史』(講談社現代新書)、『激動 日本左翼史』(同)、『漂流 日本左翼史』(同)とシリーズ3部作を昨年、1年余りで完結させた。使命感のなせる業と言えよう。
本書の対談相手で主治医の片岡浩史さんは、東京女子医大病院の腎臓内科医。京都大学法学部を卒業後、JR西日本に入社。現場体験から医療に携わりたいと退社し、鹿児島大学医学部に入り直して医師になった異色の経歴の人だ。
本書の構成は以下の通り。
第1章 医師と患者の「共同体」をどう作るか 第2章 「生き方の基礎」を見つけた場所 第3章 今の「医学部ブーム」が危ない理由 第4章 新自由主義は医療に何をもたらすのか 第5章 人はみな「死すべき存在」である
「医者になれば貧困層に転落することはないだろう」と子どもの尻をたたいて、医学部に入れようとする親が多い。そのため、空前の「医学部ブーム」になっている。しかし、医師のひと月あたりの残業時間の上限は155時間と、過労死ラインに近く、大学病院の勤務医の収入はそれほど多くはないという。そうした現実を知らず、「お金が稼げるから」という理由で医師をめざすのは危ないという。
また、一部の開業医が多く稼ぐと、大多数の医師は稼げなくなり、医療全体の力が弱くなってしまう危険性を指摘する。片岡さんも研修医時代は、机もなく、カルテは立ったまま書いて、夜の10時、11時まで働いたという。「医者の仕事はボランティア的な側面に負うところが大きい」とも。以前はどの医者もみんな当たり前のように死ぬほど働いていたが、今は医局制度が解体されるとともに、働き方改革の影響で、以前ほどの長時間労働ではないそうだ。
「24時間、365日を患者さんのために」という思いで診察してきた片岡さんは、「医療のハートの部分は廃れつつあると感じている」と話す。
「医師と患者がフラットになりすぎている」という指摘も重要だ。ネットで調べてきた知識しかない患者が高度な専門職である医師と同じだと思うこと自体が大きな間違いだ、と佐藤さんが問題提起すると、片岡さんは「ネットにあることは正しいと信じこんでいる患者さんの場合、自分に都合の悪い考えには耳を傾けようとしないことが多い」と体験を語っている。
あちこちの病院をショッピング感覚で回る患者も、「行き過ぎた資本主義の1つの結果だ」と、佐藤さんが指摘すると、そうした人は「クレーマーになりやすく、医療現場は混乱する」と、片岡さんも同意する。
佐藤さんが、「患者も本当の意味での自己決定をするために、健康にまったく問題がないときから病について学び、病の教養レベルを上げておかないといけない」と話すと、片岡さんも「病気や死について思考する人たちが少しでも増えるといいなと思います」と返している。
佐藤さんは奥さんがドナーとなり、腎移植をする予定だが、実現するか成功するかまだ分からない。もし成功すれば、「長らえた命を自分のためだけでなく、家族と社会のために最大限に使いたいと思う。そこまで進めないのならば、透析という条件下で、できる限りのことをしたいと思っている」と覚悟のほどを述べている。
BOOKウォッチでは、佐藤さんの『友情について 僕と豊島昭彦君の44年』(講談社)を紹介済みだ。40年ぶりに再会した高校時代の友人が、ステージ4のがんであると知った佐藤さんが、友人のために書いた本だ。合わせて読んでいただきたい。
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