人生のさまざまなシーンを切り取る、文学。なかには、「漏らしてしまった瞬間」を描いた作品もある。『うんこ文学 漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』(筑摩書房)は、その名の通り、「うんこ」を題材にした文学作品だけを集めた異色のアンソロジーだ。
本書の収録作品を一部ご紹介しよう。
■筒井康隆「コレラ」
カミュの『ペスト』をオマージュした短編小説。感染症が題材ということで、コロナ禍とも重ねて読めるかもしれない。
コレラの主な症状は、水のような下痢。現実世界の先進国では稀な病気だが、作中ではコレラ菌が東南アジアから香港、韓国へやってきて、日本に渡ってくる。語り手の男は、日本での流行の発端に居合わせてしまう。
その日、男は、肉体関係のある会社の事務の女性とお茶をしていた。店を出ようとした時、女性がいきなり顔色を変え、激しく脱糞。店内は騒然とし、男は逃げ帰ってしまった。翌日、女性がコレラで亡くなった知らせを受ける。営業職で日々飛び回っている男と違い、男以外とは濃密な接触をしていないはずの女性。どこから感染したのか? まさか......。
■山田ルイ53世「ヒキコモリ漂流記 完全版(抄)」
名だたる文豪の作品が並ぶ中、お笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さんのエッセイも収録されている。20歳までの引きこもり生活のきっかけとなった、中学2年生の時の出来事を赤裸々に書いた一節だ。
夏のある日、いつも通り早い時間にまだ誰もいない道を登校する山田さん。「あれ? お腹が痛い......」周囲は山の手の高級住宅街で、コンビニはない。危機を感じた山田さんは、ある作戦を決行するのだが......。「勉強も運動もよくできる優秀な生徒、山田君」の人生を変えてしまった、苦々しい記憶。
■谷崎潤一郎「過酸化マンガン水の夢」
『春琴抄』『細雪』などで知られる谷崎潤一郎も、「うんこ文学」を書いている。と言っても漏らしはしていない。それどころか、谷崎文士の手にかかると、うんこもなんだか美しいものに思えてきてしまうのだ。
小説ではあるが、語り手はほぼ谷崎自身とのこと。うんこが出てくるのは作品の終盤だ。ごちそうでお腹がいっぱいの夜、眠ろうとしながらその日一日のことを思い返していると、ふと水洗便所のことを思い出した。先日、トイレの水が赤く染まるので血便ではないかと疑ったが、原因は朝食のレッドビーツだった。
「蓋(けだ)し胃潰瘍の血便は黒色を呈している筈(はず)だが、レッドビーツの場合は実に美しい紅色の線が排泄物からにじみ出て、周辺の水を淡い過酸化マンガン水のように染める。予はその色が異様に綺麗なので暫時見惚れていることがある。」
自分の便に見惚れるとは......。でも、個室の中で「今日はこんなうんこか」と便器を覗いている人は、意外と多いのかもしれない。
このほかにも、クスッと笑える作品から真剣に排泄と向き合った作品まで、多種多様なうんこが登場する。編者の頭木弘樹さんによると、本書に収録されているもの以外にも、まだまだたくさんの「うんこ文学」があるそう。文学の新たなジャンルとして「うんこ文学」が確立する日も近いかもしれない。
【目次より】
編者からのご挨拶 生きるかなしみとしての排泄
第一便 ある日、ついに......
出口|尾辻克彦
春愁糞尿譚|山田風太郎
第二便 人間としての尊厳を失う漏らし
コレラ|筒井康隆
ルイ十一世の陽気ないたずら(抄)|バルザック[品川亮 新訳]
第三便 隠せないにおい
ヒキコモリ漂流記 完全版(抄)|山田ルイ53世
黒い煎餅|阿川弘之
トルクメニスタンでやらかした話|阿川淳之
第四便 うんこへの特別な思い
石膏色と赤|吉行淳之介
過酸化マンガン水の夢|谷崎潤一郎
祝の壺|桂米朝
第五便 うんこと真剣に向き合う
黄金綺譚 潔癖の人必ず読むべからず|佐藤春夫
野糞の醍醐味|伊沢正名
スカトロジーのために|山田稔
第六便 うんこのせつなさ
半地下生活者|ヤン・クィジャ(梁貴子)[斎藤真理子 新訳]
ピクニックにきたけれど...の巻|土田よしこ
番外編1 お尻の拭き方
お尻を拭く素晴らしい方法を考え出したガルガンチュアに、グラングジエが感心する|ラブレー[品川亮 新訳]
番外編 編集者の打ち明け話
お尻と大便のことにつきまとわれる|品川亮
あとがきと作品解説
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