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直木賞作品『地図と拳』を紹介。満洲を舞台に、日本とロシア、中国の知略がぶつかる。

地図と拳

 第168回直木賞受賞作『地図と拳』(集英社)。著者の小川哲さんは、これで2度目の直木賞ノミネートとなった。選考会は1月19日に行われ、受賞が決まった。

 『地図と拳』は、日露戦争前夜から第2次世界大戦までの半世紀、満洲(現・中国東北部)の架空の都市を舞台に繰り広げられる知略と殺戮の物語である。歴史と空想が合体した600ページを超える大作。読むには体力がいるが、なぜ日本が無謀な戦争に突き進んでいったかを考えさせる意欲作である。

 満洲の寒村、李家鎮(リージャジェン)が舞台。理想郷という噂を信じて、中国各地から食いつめた人たちが流れつき、次第に大きくなっていく。豊富な石炭資源があることから「仙桃城」と名前を変え、日本は炭鉱都市として都市計画を導入し整備してゆく。

 仙桃城の都市計画と建設に従事する日本人、ロシアの鉄道網拡大のため派遣されたロシア人神父、秘密結社の訓練を受け、死なない体になったとされ、村の有力者から軍閥の配下となる中国人らの思惑が絡みながら、物語は展開する。

 日本側はシンクタンク「戦争構造学研究所」を立ち上げ、日本と満洲の10年後の未来予測をする。現実の「北支事変」や日中戦争の拡大、米国との開戦などを予測していたが、現実的には何の力にもならなかったという皮肉な結果となる。

 満洲を舞台にした小説と言えば、昭和の超ベストセラー(1300万部)となった五味川純平の『人間の條件』(1956年)が思い浮かぶ。五味川は自らの従軍体験を書き、当時の日本人の共感を得た。それから70年近くが経とうとしている。今の世代に伝えるには、歴史に加え、本書のような「空想」力も必要なのではないか、と思った。

 小川さんは朝日新聞のインタビューに答え、「親も戦後生まれの世代からしてみれば、歴史の授業で出てくる第2次大戦は謎だらけ。敗戦に至る過程を一から知りたかった。満洲を書くことが20世紀前半の日本について書くことの縮図だと思ったんです」と話している。

 小川さんは、1986年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。コンピューターの父とされる英国の科学者・哲学者アラン・チューリングを研究したという。そうした知力が思弁的なSF的要素を支えている。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2017年、カンボジアを舞台にした壮大な長篇SF『ゲームの王国』で、日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞。奇想小説、歴史小説、SF小説など6篇からなる短篇集『嘘と正典』で第162回直木賞候補となった。



 


  • 書名 地図と拳
  • 監修・編集・著者名小川哲 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2022年6月30日
  • 定価2420円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・633ページ
  • ISBN9784087718010

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