『鉄道小説』と銘打った本が、日本の鉄道開業150周年の今年(2022年)秋に刊行された。交通新聞社が、鉄道150年記念に立ち上げた「鉄道文芸プロジェクト」の一環としてつくった短編集だ。乗代雄介さん、温又柔さん、澤村伊智さん、滝口悠生さん、能町みね子さんの5人が鉄道をモチーフにした作品を寄せている。
「鉄道」と「小説」と言えば、松本清張の『点と線』『ゼロの焦点』『砂の器』に代表される社会派ミステリーの作品群が、まず思い浮かぶ。鉄道は推理を駆動する装置として大きな役割を果たす。清張作品の足取りを追った、赤塚隆二著『清張鉄道1万3500キロ』(文藝春秋)というマニアックな本もあるほどだ。
推理小説では、リアリティーを追求するため、実在の路線、列車の名前を使う作品が少なくない。清張作品は特にその傾向が強い。しかし、純文学作品は時間による劣化を防ぐために、固有名詞を使わないものが多い。
とは言え、鉄道と純文学作品の親和性が意外と高いことも否定できない。たとえば、夏目漱石の作品には、汽車や鉄道が大事なところで登場する。
『三四郎』は、九州から上京する青年が、東海道線上り列車で出会う乗客とのやりとりから始まる。青年の期待と不安が、東京に近づくにつれ、汽車の走行音とともにたかまっていく。『こころ』でも鉄道が重要な役割をはたす。「下」の『先生と遺書』は、全文が「先生」の封書(遺書)を「私」が「ごうごう鳴る三等列車の中」で読むしかけだ。牧村健一郎著『漱石と鉄道』(朝日新聞出版)が詳しく分析している。
という訳で、本書に収められた5つの作品が、「鉄道」をどう扱うのか注目しながら読んだ。
トップバッターの乗代雄介さんは、21年『旅する練習』で第34回三島由紀夫賞を受賞。第162回芥川賞候補となった「最高の任務」は、わたらせ渓谷鐵道へのミステリー旅行といった趣の作品で、鉄道を舞台とする作品をいくつか発表している。本書所収「犬馬と鎌ヶ谷大仏」には、千葉県の新京成電鉄が登場する。
不自然にカーブしていることで知られる路線だ。戦争の時代に、陸軍鉄道第二連隊が、訓練のためにつくった演習線がもとになっている。戦後払い下げられ、カーブをいくらか修正したものの、どこか間延びした印象がするのは拭えない。
主人公は大学を卒業しても就職せずにアルバイトで実家暮らしする青年。老犬をカートに乗せて散歩するのが日課で、「陸軍鉄道第二連隊の敷いた線路は、もともと鎌ヶ谷大仏のそばを通っていませんでした」と、犬に説明しながら歩くなど、相当浮世離れしている。
昔、野馬が走り回っていた原野は明治以降に開墾され、戦後は住宅地として開発された。そんな沿線の歴史が、主人公の造形に生かされている、と思った。
乗代作品が現実の鉄道の歴史を踏まえたとすれば、能町みね子さんの「青森トラム」は、架空の鉄道を「妄想」した小説だ。なにしろ、青森市は人口が札幌市を超える北日本最大の都市として設定されている。
戦後、行政が芸術文化を振興し、国立教育芸術大学、青森先端芸術大学、青森工芸大学などがある「芸術の街」となり、文化関連の企業も多いという架空の「青森市」。
主人公の女性は東京の仕事をやめ、青森に移住した漫画家の叔母のマンションに転がり込む。新幹線の新青森駅で降り、「青森市電(トラム)」に乗るところから始まる。「三内丸山遺跡」「県美(青森県立美術館)前」「青森駅前」を通り、「最近は新しい雑貨屋やカフェ、クラブなどが増えはじめているという海近くの倉庫街」を眺め、終点近くに住む叔母と再会する。
「1日乗車券」を使い、青森市内をぶらぶらする主人公は、トラムで新たな出会いをする。トラムのほかにも、空港まで15分で行くことを売りにしている「弘前電鉄スカイライナー」や「市営地下鉄」が走る、活気あふれる大都市・青森がまぶしい。
能町さんは実際、青森市にも住み、青森ライフを満喫しているようだ。そんな「青森愛」が弾けた「快作」である。本作を書くにあたり、空想地図作家・今和泉隆行さんと空想地図をつくった。その模様は交通新聞社「鉄道文芸プロジェクト」のブログで詳しく紹介されている。
ネットに掲載された「青森市営地下鉄・トラム路線図」を見ると、「空想」だが、こんな歴史もあり得たのではないか、と思えるから不思議だ。少し離れた弘前市には私鉄の2路線が走り、海を隔てた函館市には路面電車があるからだ。なんとも満たされた気分になる小説である。
ほかに、温又柔さんの「ぼくと母の国々」、澤村伊智さんの「行かなかった遊園地と非心霊写真」、滝口悠生さんの「反対方向行き」を収めている。それぞれ山手線、阪急宝塚線、湘南新宿ラインが登場する味わい深い作品だ。
BOOKウォッチでは、『地図で読む松本清張』(帝国書院)などを紹介済みだ。
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