人並みのものを着て、人並みのものを食べ、人並みのところに住む。そんな暮らしを送れるのは幸せなこと......のはずなのに、なぜか時たま「この水準の暮らしを維持できるのか?」と猛烈な不安に襲われる。そんな経験をしたことはないだろうか。
2022年10月26日に発売されたワクサカソウヘイさんのエッセイ『出セイカツ記 衣食住という不安からの逃避行』(河出書房新社)は、そんな生活への不安を「石を売る」「穴を掘る」「一年間布団で寝続ける」「限界まで断食する」などの様々な挑戦で打ち破ろうとした6年間を描く異色作だ。
幼い頃から、安定した暮らしをしていても「将来、飢えたり、着るものがなくなったり、住む場所を失ったりしたら、どうしよう......」と、怯えを拭い去ることが出来なかったというワクサカさん。意識が変わったきっかけは、近所のおばあちゃん・悦子さんに食べさせられた「野草の天ぷら」だった。
食べる前は馬鹿にしていた野草の天ぷらが予想外に美味しかったことに驚いたワクサカさんは、食後に悦子さんと交わした次の会話から大きなインスピレーションを受ける。
「野草を食べるたびにさ、なにがあっても生きていけるよなあ、って思えるのよね」
食後のお茶を淹れながら、悦子さんがそんな一言をなにげなく漏らした。
「生きていける?」
「そう、だってお金がなくなっても、野草を食べればいいんだもん」
「こんなに美味しいのに、タダなんだよ。しかも野草を摘むのって、楽しいしね」
この言葉を聞いたワクサカさんは、野草食が「まあ路頭に迷っても野草は食えるか」と、食に対する不安から自分を一時的に解放してくれたこと、今まで自分を襲ってきた不安の出所が「真っ当な衣食住」という呪いの穴から現れ出ていることに、気付いたという。
そして、こう考えた。衣食住にまつわる固定観念をあきらめることこそ、「将来に対する漠然とした不安」に対抗できる唯一の手段なのではないか。「さすがに野草は美味しくないだろう」というステレオタイプを打ち破る野草食のような「これからの暮らしが崩れた時に活きるまじない」をたくさん集めれば、自分は不安から解放されるのではないか――。
ワクサカさんはさっそく、浜でキャンプをしながら魚突きの獲物だけで生活してみたり、シンプルに断食してみたりするが、当然本気ではないのでどれも1週間以上は続かない。「路頭に迷ってもなんとかなるかも」という実感を得たいだけなので、どれも飽きが来たらやめてしまうのだ。
食の方面である程度安心したからか、次に「その辺で拾った石を売って不労所得を得る」ことに挑戦。手づくりのものしか売れないという近所のフリーマーケットの規則を、自分が価値を見出したものなので「もはや『手づくり』の領域にある」という屁理屈で突破し、周囲が有益な商品を売る中で出品することに成功する。
しかし、ただの石が売れるわけもない。客1人来ないまま丸1日を無駄にしてしまったことを嘆きつつ、「どう工夫すればただの石を売れるのか」と苦悩する。そんな時、隣のスペースでジュースやアルコールを売ってボロ儲けしているお姉さんを見て、ワクサカさんはある秘策を思いつく――。
思いついた秘策でただの石を売りさばくことに成功し、さらなる不労所得を求めたワクサカさんは、「ニートだけどスッポン釣りだけで生計を立てて早半年が過ぎた」という大手掲示板のスレッドを鵜吞みにして四国に向かった。
スレッドの内容が確かなら、スッポン釣りは5日で20万円も稼げるらしい。それは実質不労所得ではないかと興奮して現地に向かい、「これは静かな革命だ」と言いながら釣り糸を垂らし始めるが――。
バカげた挑戦が、うまくいったりいかなかったり。日常をささやかに変える試みを通じて「社会の当たり前」を考察する。「衣食住」にまつわる根源的な矛盾や不安についてユーモラスに指摘しながら、解決の糸口を探る。心をさわやかにする異色の冒険エッセイだ。
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