2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』は、日本最古の長編小説『源氏物語』を書いた女性、紫式部の物語だ。
『源氏物語』は古文の授業でかじったけれど、紫式部自身のエピソードって大河ドラマにするほど何かあったっけ? 学校では「『源氏物語』は紫式部」「『枕草子』は清少納言」ととにかく暗記して、必死に文法を覚えて現代語訳しただけの記憶しかない......「古文」に、そんなイメージのある方も少なくないのではないだろうか。
古文の授業は時間が短すぎる。古文の"おいしい部分"は、学校では教えてもらえない――そう語るのは、気鋭の若手書評家・三宅香帆さんだ。
三宅さんいわく、古文の"おいしい部分"とは、古文の中の「人間関係の面白さ」。『源氏物語』『枕草子』はもちろん、『伊勢物語』『更級日記』など、学校で習った数々の古文には、男女の恋愛や、なんとBLや百合まで、さまざまな人間関係が描かれているそうだ。そんな古文の"おいしい部分"を教えてくれる三宅さんの著書が、『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』(河出書房新社)だ。
中学生向けシリーズ「14歳の世渡り術」の1冊だが、古文に苦手意識を持ったまま学校を卒業してしまった......という大人のみなさんにも、ぜひおすすめだ。
ここでは、本書で取り上げられている、紫式部の随筆『紫式部日記』の中の、時の権力者・藤原道長とのエピソードをご紹介しよう。道長は、大河ドラマでは柄本佑さんが演じることが決まった、「紫式部 生涯のソウルメイト(NHK公式サイトより)」。2人の間には、どうやら色っぽい関係もあったようだ。
娘・彰子を一条天皇に嫁がせた道長。教養高い帝からの好意を得るために、彰子の女房として道長が抜擢したのが、中級貴族の生まれで、当時すでに『源氏物語』が評判になっていた紫式部だった。
道長は、紫式部が『源氏物語』を大長編にできるよう、当時高価だった紙などの執筆道具の用意を全面的にバックアップしたという。道長がいなければ、私たちが知る形の『源氏物語』は残っていないと言っていい。
紫式部のパトロンでありながら、『源氏物語』自体のいちファンでもあった道長。本書では、2人のこんな和歌のやりとりが紹介されている。
道長:すきものと名にし立てれば見る人の折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ
(「すっぱくておいしい」と評判の梅の枝を、折らずに通り過ぎる人がいないように。「光源氏並みに恋愛に達者な人らしい」と評判の『源氏物語』作者を前にして、口説かない訳にはいかないのです)
紫式部:人にまだ折られぬものを誰かこのすきものぞとは口ならしけむ
(まだ折られてないのに、どうしてこの梅がすっぱいなんてわかるのですか? まだ私は男性に味わわれていないのですよ、どうしてそんな評判が立つのですか)
(いずれも本文より引用、現代語訳は著者による)
この和歌を交わした夜、紫式部の部屋の戸を誰かがドンドンと叩いた。紫式部は怖くて何も答えなかったが、翌朝道長からこんな和歌が届いた。
道長:夜もすがら水鶏よりけになくなくぞ真木の戸口に叩きわびつる
(水鶏(くいな)はコンコンと鳴きますが、私は一晩中、泣きながら水鶏よりも大きな音で戸を叩いていましたよ)
紫式部:ただならじとばかり叩く水鶏ゆゑあけてはいかにくやしからまし
(普通じゃない叩き方ではありましたが、でも本当はちょっとしたお遊びで叩いてただけでしょ? そんな水鶏に戸を開けたらそのあとに後悔しちゃいますから)
(同上)
なんとも色っぽいやりとりではないだろうか。しかも、「梅」や「水鶏」といったキーワードは『源氏物語』の内容を踏まえたもの。道長は『源氏物語』を読み込んでいることをアピールしつつ、紫式部を誘っているのだ。そしてそれを思わせぶりにかわしつつ、「口説かれちゃった」と日記に書く紫式部......2人は一体どんな関係なの!? と勘繰らざるを得ない。
紫式部と道長の関係は、研究者の間でも意見が分かれているそうだ。単なる宴会の中の戯れ説、数いる道長の遊び相手の1人説、一時交際があった説など......。三宅さんは、「なんだかんだ紫式部の片思いか、それか一晩何かあったくらいで終わっている」派だそうだ。大河ドラマでは、2人の関係はどのように描かれるのだろうか。再来年が待ちきれない。
本書には他にも、男女の恋愛群像劇として有名な『源氏物語』の中のまさかのBL・百合や、紫式部のライバル・清少納言と彼女が仕えた中宮定子の親密な関係など、古文の世界の"妄想カップリング"が盛りだくさん。学校では教えてくれない"萌え"エピソードを知ると、古文がもっと面白くなること間違いなしだ。
■三宅香帆(みやけ・かほ)さん
作家・書評家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著書に『人生を狂わす名著50』『妄想とツッコミでよむ万葉集』『女の子の謎を解く』他。
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