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「競馬」舞台の傑作サスペンス。騎手が挑む謎とは。

残照

 本城雅人さんと言えば、直木賞候補作『傍流の記者』(新潮社)や吉川英治文学新人賞を受賞した『ミッドナイト・ジャーナル』など、メディアで働く人を題材にした作品で知られる。本書『残照』(文藝春秋)は、スポーツ紙記者の経歴を持ち、プロ野球、競馬、メジャーリーグ取材に携わった本城さんが、競馬界を舞台に描いたサスペンスである。あまり知られることのない騎手の世界に肉迫し、競馬ファンにはたまらない作品に仕上がっている。

 一部の有名騎手の名前を知っていても、その私生活まで知るファンは少ないだろう。騎手は公正なレースを維持するため、基本的に露出を嫌う。有名になれば、反社会的勢力と接触する可能性が増える。実際、過去にはそうした不正行為があったことも知られている。また、朝も早く、体重制限が厳しいため、生活も厳格である。

かつての競馬記者が書いた

 本城さんはかつて競馬を取材した経験を生かし、多くの騎手、調教師に取材し、ベールに包まれた、その実態に迫っている。サスペンスの本筋にもかかわる、そうしたディテールが興味深い。

 ベテラン騎手の飯倉元春が主人公。馬主との喧嘩別れや減量苦などどん底をくぐり抜けて6年ぶりにGⅠレースで優勝し、復活する。しかし、ネットに「薬物中毒でアルコール中毒騎手の飯倉元春は5年前、左耳が聞こえないのを隠してレースに乗った。それで後輩の渋瀬祥吾を殺した」と、誹謗中傷する書き込みがあった。

 それを書き込んだと思われる亡き後輩の妻を訪ねると、その夜、彼女はマンションから転落死する。ほぼ同時刻、元春は自宅で車の盗難未遂にあい、さらに数日後には空き巣に入られる。いったい、何に巻き込まれているのか。彼女の死は事故か、自殺か、あるいは殺人か。レースを戦いながら、元春は真相を探るべく、行動する。

 行動すると言っても、騎手だから制約が多い。土日はレースがあり、水曜日は「追い切り」という馬のトレーニングがあるため、午前5時40分に集合するのが厩舎の決まりだ。

厳しい騎手の体重制限がカギに

 また、減量のため、火曜の昼以降は日曜の夜まで食事をしないのが、元春の習慣になっていた。これほど、体重制限やサウナの記述が多い小説も珍しい。

 「毎週、3~5キロを落とすのは10年以上続けているもはやルーティンだが、3日連続の祝勝会で今は60キロ近くありそうだ。今週はよほど減量を頑張らなければいけない」
 「土曜日の午前中と日曜の12レースとでは2キロくらい体重が減ることもある。もちろんその間、固形物は口にしない。水も舐める程度という条件付きだが」
 「水曜日以降は腹の中から固形物を排出し、水分だけにする。その方が長年の感覚で、どう体重を減らせるか自分で計算できる。サウナに30分入れば、だいたい700グラム落ちる。上がったあとに必ず100ccの水を補給するからマイナス600グラム。その計算で週末に1日二度、三度とサウナに入り、目標体重に近づけていく」
 「昔は毎週10キロ近く落としていたジョッキーもいた。そういう人はレース後にふらふらになって点滴してもらい、その後は風呂場に行き、桶に水を入れて飲んでいたらしい。大方は健康を患い、30代で引退した」

 しょっちゅうサウナの記述が出てくるが、本筋にも関連してくる。元春は健康ランドのサウナに人を訪ねる。消費者金融というより「街金」の社長、若林だ。公正競馬を求められる騎手が、けっして付き合っていい人間ではない。ある情報を確認するためだったが、ここからストーリーが動き出す。

 かつて元春に有力馬への騎乗を指名してくれたのは、大手消費者金融の社長、地野だった。一時は「お抱え騎手」のように世話になったが、ある一件で、元春は騎乗を断った。それ以来、低迷の時期が続き、家庭も崩壊したのだった。

 きなくさい人間たちが登場し、佳境になだれ込む。騎乗馬の仲介を頼んでいる競馬専門紙のトラックマンや関連の全国紙社会部記者らが元春に協力する。このあたりは、本城さんおなじみの世界だ。

 元春は引退レースと決めたオークスで相棒の牝馬「アイウィッシュ」に騎乗する。鬼気迫る減量の場面が終わり、レースが始まる......。

 減量シーンがくどいほど多いのも最後まで読めば、納得するだろう。競馬を止めて久しい評者だが、これほど奥が深いものと知り、競馬を見る目が変わりそうだ。

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 BOOKウォッチでは、本城さんの作品として、直木賞候補作『傍流の記者』(新潮社)、『オールドタイムズ』(講談社)、スポーツ紙を舞台にした『時代』(講談社)を紹介済みだ。

 本作はメディアの世界を離れ、本城さんの新境地を切り開いたものとして、評価されるだろう。



 


  • 書名 残照
  • 監修・編集・著者名本城雅人 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年8月10日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・378ページ
  • ISBN9784163915791

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