読むべき本、見逃していない?

高校に入るまで一冊も本を読んだことがなかった書評家

書評稼業四十年

 毎日せっせと新刊を読みデータを蓄積し、顧客から問い合わせがあれば、その人に合った本をお勧めする。そんな「日本読書株式会社」を夢想した人がいる。書評誌「本の雑誌」を創刊、2000年まで発行人をつとめた目黒考二さんだ。目黒さんが書評を書くときのペンネームが「北上次郎」。本書『書評稼業四十年』(本の雑誌社)は、北上さんが書評をめぐるさまざまな話を書いた本だ。

書評一本でやってきた「書評三銃士」

 書評を書いて生活する。本好きの人ならば一度は考える夢ではないだろうか。実際には大学で教えたり会社に勤めたり、他に仕事を持ちながら書評も書く人がほとんどだ。北上さんも目黒考二として、本の雑誌社で働いていた。ところが、一度も勤めず、書評一本でやってきた人たちがいるという。

 「書評三銃士のこと」として紹介している。新保博久、香山二三郎、関口苑生の三氏だ。「ワセダの荻窪組」と呼ばれ、共同生活をしながら、「本の雑誌」で商業誌デビュー。それぞれ仕事をしながら、出版編集の大きな仕事は共同で手伝ったという。だから厳密には「書評一本ではやっぱり生活できなかった」と書いている。3人ともワセダ・ミステリ・クラブの仲間で、本の雑誌社に出入りするうちに原稿を書き、会社に勤めることはなかったというから牧歌的な時代ではあった。

副業は新人賞の下読みと文庫解説

 書評家の副業として文庫解説と新人賞の下読みの仕事があるという。巻末に北上さんが書いた文庫解説の膨大なリストが載っている。文庫解説には「いい作家といい作品」しか取り上げない「傑作派」と「つまらない小説をどうやって面白く見せようか」と逆にファイトが湧く「技量派」がいるそうだ。北上さんは「傑作派」だ。単行本の書評で、どう書いたか、パソコンの「過去原稿」をチェックして、引き受けるかどうか判断しているという。

 副業としては新人賞の下読みが圧倒的に多い。エンタメ系の新人賞は約20人の書評家が中核となり、各自4~6つの賞を受け持つ。時期が重なるので、年明けから5月末までは悲鳴をあげているという。ギャラは一篇3000円から6000円くらい。だから50篇やると15万から30万。それを6社やれば総額が100万から200万。「理想の仕事」だが「それだけで生活するのは少し辛い」と書いている。

朝日の書評に書いた競馬の実用書

 本書で披露されているのは、もちろんお金のことばかりではない。朝日新聞の書評委員をやっていたころの話も書いている。競馬好きの北上さん。今井雅宏著、『種牡馬辞典2 グローバルリズム編』(白夜書房)という競馬の本を取り上げようと思ったがためらいがあった。たまたま忘年会で隣になった評論家の津野海太郎さんに「朝日じゃだめですよね」と言ったら、「好きなものをやればいいですよ」という返事。おそるおそる担当者に切りだすと、苦虫を噛みつぶしたような表情。掲載されると月曜日、版元の電話は鳴りっ放しだったという。担当者がつけた見出しが「競走馬はいつ激走するか」。皆が知りたいことだ。朝日の書評欄に「競馬の実用書」が載ったのはたぶんこのとき一度だけだったと思う、と書いている。

 評者が知る限り、朝日の書評委員会では書評委員は本を自薦することが出来ず、あらかじめ事務局が下読みして用意した本の中から委員が選ぶシステムになっている。おそらく担当者の中に相当な競馬好きがいたと思われる。本の山の中に当該書を紛れ込ませておいたのでは。

書評家になるまで実話雑誌に勤めていた

 本の虫のように思われている北上さんだが、意外にも高校に入るまで一冊も本を読んだことがなかったそうだ。生まれて初めて読んだのが貸本屋で借りた松本清張『点と線』。明治大学に入り、映画研究部で映画を観る日々。読書にかんしては黒岩重吾、笹沢左保ら大衆小説、中間小説にはまったという。本書の「書評家になるまで」「中間小説誌の時代」にこのころのことを詳しく書いている。

 大学を出て入ったのが明文社という出版社。「週刊実話と秘録」という雑誌の編集部に配属され、7年勤めた。1976年、会社をやめて椎名誠さんと「本の雑誌」を創刊。冒頭に紹介した「日本読書株式会社」のネタは、椎名さんがのちに「日本読書公社」という作品に書いたそうだ。

 北上さんは、作家と親しくなると筆が鈍るから、出来るだけ作家とは会わないようにしているという。その数少ない例外にもふれている。気持ちの上では作家というより友達だと思っていた人がいた(本書では実名)。結婚式に呼んだのも、自宅まで遊びに行ったのもただ一人という作家。ノベルスに解説を書く仕事を引き受けたが、つまらない作品だった。「あんな仕事、おれに振るなよ」と本人に言った。その後疎遠になり、葬式にも行かなかった。覚えているのは、初めて会った30代の「穏やかな彼の笑顔」と書いているのがせつない。

 作家と親しくなっても酷評を書ける書評家もいるが、自分はそうではないから、作家とは会いたくない、という北上さん。厳しい書評の背後には、そうして自分を律してきた40年があるのだ。

  • 書名 書評稼業四十年
  • 監修・編集・著者名北上次郎 著
  • 出版社名本の雑誌社
  • 出版年月日2019年7月30日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・269ページ
  • ISBN9784860114329

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