栃木の少女監禁事件もSNSが関係していたらしい。本書『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)は、平成の時代に爆発的に増大することになったネット犯罪を総集している。いわゆる詐欺などの経済犯罪は除外し、殺人や自殺などを軸にまとめている。著者の渋井哲也さんは1969年生まれのジャーナリスト。『実録・闇サイト事件簿』 (幻冬舎新書)、『出会い系サイトと若者たち』 (新書y)など関連書も多い。このジャンルの専門家と言える。
冒頭に登場するのは、2017年に神奈川県座間市で男女9人の遺体が見つかった事件だ。自殺願望のある人たちをネットで募り、殺してクーラーボックスに保管したり、遺棄したりしていたとされる。著者は、逮捕・起訴されて拘置所にいる白石隆浩被告と面会している。関心のひとつは、白石被告がどのようにインターネットを使い、被害者たちを誘っていたのかということだった。
本書によれば、白石被告がネットと関わり始めたのは中学生の時。塾に行くようになり、親からケータイを持たされ、ありとあらゆるサービスを使ったという。17歳のころからネットでナンパをするようになった。
座間市の事件では5つのアカウントを使っていた。「@死にたい」が最も人気があったという。実際には13人と会い、9人を殺害、バラバラにしていた。1人目がお金を持っていることがわかり、ヒモになろうと思ったのだが、こじれたので殺してしまったことがきっかけだった。
著者が白石被告と会ったのは新元号が決まってから。普通の青年という感じで、"猟奇的な殺人者"のイメージはなかったという。「令和」の感想を聞いたら、「"命令によって調和を図る"みたいで嫌だな。上から目線だなと思いました。同じ読みなら『礼』の方がいい」という感想が返ってきたそうだ。
本書は「匿名性と悪意」という序章から始まり、「ネット時代前、あるいはネット以外の出会い系」、「孤独と欲望が渦巻く出会い系サイト」、「SNSは孤独な心情を映し出す」、「ネットいじめと生徒指導」、「死にたい感情が交差する自殺系サイト」、「リアルタイムメディアが映す孤独」という6章に分かれている。
それぞれの章で、これでもかというぐらい多数の事例が紹介されている。「耳かき店の誕生とストーカー殺人」「監禁王子事件」「滋賀県大津市の中学生いじめ自殺事件」「ドクター・キリコ事件」「秋葉原無差別殺傷事件」など記憶に残る事件が次々と登場する。
2004年の佐世保の女子小学生殺人事件も出ている。加害女子のネットに書いていた日記が紹介されている。
「つーか私のいるクラスうざってー。/エロい事考えてご飯に鼻血垂らすわ、/下品な愚民や・・・」。そう書いたかと思うと、「皆で頑張ると、月よりも明るく/照らし合えるはず。/七転八起 私は最初は転んでばっかり、/でも、最後は起き上がるのもいいと思う」。
とても同一女児の記述とは思えない落差がある。長文の詩も掲載されているが、最後は「神様はいるのですか・・・助けてください・・・」となっている。
著者は「早熟な小学6年生という印象を受けるが、私の取材経験からすると、そもそもネットユーザーには早熟な人が少なくない」という。少女は最終審判で「児童自立支援施設送致」になったらしいが、その後、どうなったことだろう。
「ネットアンドセキュリティ総研」が15歳以下の男女を対象にした調査によると、66%が「ネット利用時に頭にきた」ことがあると答えている。佐世保の事件も、そうした一面があったようだ。恐ろしいのは「ネット利用中に誰かを殺したいと思ったことはあるか」という問いに、39%が「ある」と回答していること。その相手は「学校の友達」が21%で、「先生」18%、「父親」15%と続く。
08年に起きた秋葉原無差別殺人の加藤智大被告もネットに深く関わっていた。ネットの掲示板とは「私にとっては家族のような、家族同然の人間関係でした」と公判で証言しているという。
本書ではほかにもネット時代を象徴するような特徴的な調査結果が紹介されている。相模ゴムの調査「ニッポンのセックス」(2018年、対象1万4100人)によると、20代女子の初体験の相手は「インターネットで知り合った」が14.7%。男子では10.6%を占めている。女性の場合、その5年前では9.6%だったというから、ネットをきっかけに出会って交際、性体験する例が増えている。
平成が令和に替わり様々な回顧本が出ている。平成という時代をその前の昭和とはっきり区分けするのは「ネット」だ。その影響は犯罪にも及ぶ。本書はとくに「殺人」「自殺」などに絞り込み、加害者とネットのかかわりに焦点を絞ったところが新しい。長年、そういう視点で取材を重ねてきた成果が凝縮されている。本書を読めば、平成以降の殺人や自殺が、それまでとは異次元に入ったことがよくわかる。教育関係者はもちろん、ネットにのめり込んでいる多くの人に一読をすすめたい。
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