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妻でも母でもない、私が私でいられる場所がほしい! 「その気持ちわかる」が見つかる短編集

流れる星をつかまえに

 がんを宣告された40歳の女性と、ピンク頭のホストとの奇妙な関係を描いた『余命一年、男をかう』で大注目の吉川トリコさん。同作は2022年6月、第28回島清恋愛文学賞を受賞。コミカライズもされている。

 吉川さんの新刊『流れる星をつかまえに』(ポプラ社)は、LGBT・人種・血縁などの多様性を明るくエネルギッシュに描いた連作短編集。

 家族仲がしっくりいかず、生き方に迷う主婦。16歳になる直前まで自分が在日韓国人だと知らなかった姉妹。ゲイであることに葛藤する男子高生。血の繋がった子どもを持てなかった母親。卒業式の日にプロムを開催すべく奮闘するモーレツ女子高生たち......。

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 吉川さんはかなりの映画通のようで、いたるところに映画の話が盛り込まれている。本書のタイトルは、「映画を観ることは流れる星をつかまえにいくような行為」だと思ってつけたという。

 「スクリーンを流れていく映画の、印象的な場面でも台詞でも衣装でもなんでもいいけど、なにかひとつ光る星のようなものを心に留めて持って帰りたい」と願って観るそうだ。

私の人生、ずっとナード

 本書は「ママはダンシング・クイーン」「私の名前はキム・スンエ」「彼が見つめる親指」「私はそれを待っている」「36年目の修学旅行」「プロムへようこそ(原題:Prom)」の6話構成。

 各話のテーマは、在日韓国人、同性愛、不妊、養子など。傍からはわからない生きづらさを抱える1人1人に、スポットライトを当てていく。ここでは、「ママはダンシング・クイーン」を紹介しよう。

 「ママ、チアリーダーになる!」――。

 今朝の中日新聞で目にした「ドラゴンズママチア」の募集告知。ここからなつみの日常は一変する。なつみを「おばさん」よばわりする夫、高校生の娘、小学生の息子。家族のため、無心に立ち働く「ママロボット」に徹し、やれやれとため息をつく日々。

 「気づくといつもクラスの片隅に追いやられている冴えない眼鏡の女の子。アメリカの学園ドラマでいうところの『ナード』。私の人生、ずっとそれできた。チアリーダーといえば学園の花形中の花形、『女王蜂(クイーンビー)』とその取り巻きしかやってはいけないものだと決まってる。『ナード』の私には当然プロムクイーンなんて夢のまた夢」

 普段のなつみだったらこんなふうに考えて、チアダンスをやろうとは思いつきもしなかっただろう。ところが......。

私を取り戻すチャンス

 「美鈴ママ、昔チアリーダーやってたんだって!」と娘が言った。「ぜんぜんおばさんってかんじがしない」だの「くらべたらうちのママが気の毒だわ」だの、娘も夫もボロクソである。「おばさんで悪かったですね」と言い捨て、なつみは席を立つ。

 家族が美鈴ママを褒めると、みじめでたまらない気持ちになる。なつみから見たら、美鈴ママはまさに「女王蜂」。きっとこれまでの人生、「女王蜂」としてなんの挫折も知らずに歩んできたのだろうと想像し、嫉妬してしまう。

 嫉妬。それはつまり、自分も「女王蜂」になりたいのかもしれない。青春時代に悔いがあるからくすぶり続けているのかもしれない。そこでなつみは、「ならばいっそ、私もチアリーダーになっちゃえば」との結論に至る。

 「引っ込み思案のヒロインが物語を切り拓いていくには、これぐらいのジャンプ台が必要だ。私が好きな映画のヒロインはみな、自分が自分であるために闘っている。これは私が私を取り戻すためのチャンスなのだ」
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著者の吉川トリコさん

すぐ近くの隣人を慮る

 メンバー集めに奔走し、練習が始まったらへとへとに疲れ果て、娘には「きもちわる......」「いい年してはしゃいじゃって、みっともない」と怒られる。それでも、「私が私でいられる場所」を見つけたなつみがブレることはない。

 この「ママはダンシング・クイーン」は、生きづらさをテーマにした6話の中で、自己投影しやすいものだった。妻になり、母になり、40代になり、その過程でずっとなにかがくすぶっている感じは、ものすごくよくわかる。

 「人生をゆたかに彩るさまざまなものに囲まれて日々暮らし、日々なにかを選択しながら我々は生きている。そのひとつひとつの選択が世界を広げ、自分の輪郭をくっきりと際立たせてくれるはずだ。(中略)『物語』というものは他者の人生を垣間見ることで想像力の幅を広げ、すぐ近くの隣人を慮るための訓練のようだと思う。この小説が、だれかにとってのそういう一冊になれたらと願っています」(吉川トリコ)

 むずかしいテーマもありながら、こなれた文章で全体的に明るいトーンでまとまっている。吉川さんの文章は、なぜこんなにもいきいきとしているのだろうか。全話を読んで堪能してほしい。


■吉川トリコさんプロフィール

 1977年静岡県生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR‐18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。21年、愛知県芸術文化選奨文化新人賞を受賞。主な著書に、映画化された『グッモーエビアン!』のほか、『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『女優の娘』『夢で逢えたら』「マリー・アントワネットの日記」シリーズなど多数。22年第35回山本周五郎賞にノミネートされた『余命一年、男をかう』は第28回島清恋愛文学賞を受賞し、コミカライズされるなどと話題に。


※画像提供:ポプラ社



 


  • 書名 流れる星をつかまえに
  • 監修・編集・著者名吉川 トリコ 著
  • 出版社名ポプラ社
  • 出版年月日2022年8月10日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・282ページ
  • ISBN9784591174111

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