「どうして私には好きになってくれる相手がいないんだろう」――。
黒川アンネさんの『失われたモテを求めて』(草思社)は、31歳、年収300万円(額面)、小さな頃からずっと「学年で一番太った子」だった著者が、失われたモテを求めて奮闘する「モテ実践」の記録。
自信のなさとコンプレックスが根っこにありつつ、著者は持ち前の行動力と聡明さで「モテ」を実践し、考察を深めていく。キャッチーなテーマかつカジュアルな文体ながら、さらっと読んで終わりにはできない内容で、咀嚼しながらじっくり読んだ。
「誰かに選ばれた、好きになってもらった、という記憶がない。いつも自分から追い求めて、そして拒絶されることの繰り返しである。きっと私は永遠に誰かに大事に思われることなど、ない」
本書は、コラムサイト・ラブグッズストア「ラブピースクラブ」の連載「モテ実践録」(2019年3月から2021年8月)を加筆修正の上、書籍化したもの。
詩人のリルケは、詩人になりたいという若者の問いに答え、周りで起こる出来事ではなく「自らの中に潜って、忘れかけている思い出の中から題材を探しなさい」と勧めたといい、著者も「他の人に話すのはためらわれる出来事」を思い出すことで、自分が目指す「モテ」への教訓を見つけようとする。
そこで、連載を書くにあたり、著者は2つのことを自身に課したという。
1つは、自分の話をすること。もう1つは、その時々に自分がいちばん書きたくないと思っていることを書くこと。当時、それは学校一重かった(そして現在も重い)体重であり、大学院を出て数年後に男性の元同級生に馬鹿にされて「自分のせい」と言われた年収のことだった。
「私は小さな頃からずっと『学年で一番太った子』であったし、いろんな聞きたくもなかった言葉を向けられ、それゆえ(と言ってしまっては自己努力のなさを責められそうだけれども)ずっと自信がなかった」
そんな著者が試みた「モテ実践」とは、いったいどんなものなのか。
たとえば、世界最大級のマッチングアプリ「Tinder」に登録してみたら、インドの自称弁護士と会話が弾んだ話。長年の知人(異性)に「Go To行きませんか?」と誘ってみたら、思いがけず「いいね」との返事をもらい、高級ホテルに宿泊した話。
さらに、「エロいと思ってほしいからパイパンにしているけど、実際には自分がすごく快適」と友人が言うので、陰毛を脱毛してみた話。海外の友人から精子提供を約束され、1つの卵子を凍結した話......など、かなり具体的に綴っている。
学生時代も職場でも、「女性として価値がない」ことを残酷なかたちで繰り返し知らされ、その不当な低い評価が自己認識へも反映されたと、著者は振り返る。なぜモテたいのかと言えば、それは人間扱いをされたかったからだ、とも。
これは著者自身、だんだんとわかってきたことだが、著者が求める「モテ」は、女子力を高めて男性から認められ、それ相応の扱いを受けることではない。著者が求める「モテ」には、30年以上生きてきて、自分に足りなかった「自信」が深く関わっていた。
2019年に40日間、ヨーロッパ各国に滞在したときのエピソードが出てくる。1人でスーツケースを転がし、英語やドイツ語を使って仕事をこなし、意見をしっかりと口にできたことは、大きな自信になったという。
他人より体重が重く、周囲に溶け込めず、自分を卑下してまわりに(時間などを)与えすぎることで、居場所をかろうじて確保してきたが、めきめきと自信を高めるうちに、著者はこう考えるようになる。
「『モテ』とは、自信である。(中略)まずは自分を大事にする。自信が持てるような自分に寄っていく。私には自信がある。私について来られる人だけ、私を大事にしてくれる人だけがまわりにいればいい」
高学歴で語学堪能で仕事ができる30代。もうじゅうぶんキラキラして聞こえるが、傍から見えないだけでそれぞれのつらさがあるのだな、と思った。
自分はモテないのだと鬱々としているだけでなく、体当たりで「モテ」の真理に迫っていく。「私なんて」が「私は魅力的だ!!!」へと変わっていくさまは見事。とことん「モテ」と向き合った著者の奮闘記は、ぜひ、同じ悩みをもつ女性たちに読んでほしい1冊。
「私は、自分が幸せになれるということを信じたかったし、そのために『モテ』は必須のことであるように思えた。しかし、(中略)実際の男性との付き合いや、周囲の友人との会話、様々な映画や書籍によって、(中略)モテというのは誰彼かまわず好意を向けられる状態ではなく、自分のことを信じることのできる状態でしかないと思えてきた」
■黒川アンネさんプロフィール
編集者、翻訳者、コラムニスト。1987年生まれ。一橋大学社会学部在学中にドイツに派遣留学。一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了。現在は都内の出版社勤務。
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