「この本を読んでいなければ、『不死身の特攻兵』も生まれませんでした」--劇作家の鴻上尚史さんが推薦文を書いている。
9回出撃して9回生還した特攻隊員の数奇な体験を掘り起こし、ベストセラーになっている『不死身の特攻兵――軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書)。そのきっかけになったのが本書『特攻隊振武寮――帰還兵は地獄を見た』 (朝日文庫)だという。
正確に言うと、鴻上さんが参考にしたのは本書の原著に当たる単行本のことだろう。講談社から2009年に発売されている。それが今回、新たに増補のうえ改題文庫化された。鴻上さん自身が解説を書いている。
『特攻隊振武寮』の単行本→『不死身の特攻兵』→『特攻隊振武寮』の文庫本、という流れになる。したがって、『不死身の特攻兵』がなければ、今回の文庫本も生まれなかったかもしれない。
一冊の本に触発されて、別の本が生まれ、さらに元の本が復刻される。そうした出版の好循環が本書となっている。
現代史に関心がある人ならご存知かもしれない。本書のもとになっているのは、2本のNHKテレビのドキュメンタリー番組だ。2006年10月21日放送のETV特集「許されなかった帰還 ~福岡 陸軍振武寮~」と、07年10月21日放送のNHKスペシャル「学徒兵 許されざる帰還~陸軍特攻隊の悲劇~」。
戦争末期、福岡に「振武寮」という陸軍の施設があった。設立された理由や経緯については、公的な資料がないのでよくわかっていない。特攻に出撃したものの、機体の故障や天候不順、その他さまざまな理由で戻ってきた特攻隊員が収容されていた。施設の存在は秘匿され外出禁止にされるなど軟禁状態だった。
隊員たちは、上官から「卑怯者、死んだ連中に申し訳ないと思わないのか」「そんなに死ぬのがいやか」など、屈辱的な言葉を投げかけられていたという。精神を鍛えなおすと称して、竹刀で滅多打ちにされることもあった。
番組はそこに収容されていた隊員たちの証言をもとに制作された。放送後に、ディレクターの渡辺考さんが、元隊員の大貫健一郎さんと共著で本書の原本を書いた。大貫さんの長女でミュージシャンの大貫妙子さんが、「父は特攻隊が美化されることを、常に危惧していました」というコメントを寄せている。
鴻上さんはたまたま、この本を読んで、陸軍特攻作戦の第一陣、「万朶(ばんだ)隊」の隊員だった佐々木友次伍長のことを知った。9回出撃して、9回とも還ってきた「不死身の特攻隊員」。2015年春、自身が司会をしているBS朝日の「熱中時代」のプロデューサーに話したら、しばらくして「佐々木さん、生きてますよ」という驚きの報告があった。鴻上さんはさっそく佐々木さんに会いに行く。糖尿病が悪化して失明していたが、記憶はしっかりしていた。4回にわたるインタビューをもとに、ノンフィクションとして17年11月に刊行したのが『不死身の特攻兵』だ。トーハンの18年上半期のベストセラーでは「新書ノンフィクション」部門で5位に入っている。
もっとも、NHKのドキュメンタリーもゼロから突然生まれたものではない。実は1993年に、九州で放送作家として活躍していた毛利恒之さんが、元特攻隊員を主人公にして書いた小説『月光の夏』のなかで、「振武寮」の存在を明かしていた。毛利さんはテレビドラマやドキュメンタリーで放送関係の受賞も多いが、小説で『ユキは十七歳 特攻で死んだ』など特攻レクイエム作品も手がけている。
『月光の夏』は反響を呼び、その後、神山征二郎監督によって同名タイトルで映画化された。製作にあたっては九州地区で市民・企業・団体により一億円の募金が集められたという。
九州ではこのほか、先ごろ亡くなった記録作家、林えいだいさんが07年に『陸軍特攻・振武寮 生還者の収容施設』(東方社刊、のち光人社NF文庫)を出版している。林さんは、『黒潮の夏 最後の震洋特攻』で、水上特攻隊についても詳しく調べている。
実は『特攻隊振武寮』には、林さんの取材テープも引用されている。林さんは「振武寮」を実質的に管理していた「陸軍参謀・倉澤清忠少佐」に2003年3月から7月にかけて三度のインタビューをしているのだ。20時間を超えるやりとりが残されていた。
倉澤参謀は昭和20年当時27歳。最も若い参謀で、特攻隊員とは余り年齢も違わなかったが、特別に厳しかったことで隊員の間では評判がよくなかった人だ。取材テープの中で、すでに86歳になっていた老いた元参謀は、衝撃的なことを語っている。戦後もずっと護身用に拳銃を手放さなかったというのだ。実弾を込めてひそかに持ち歩いていたという。
「特攻隊を出撃させた現場責任者は私だったからね。多くの隊員を出撃させたので、恨みに思われるのは仕方がない。遺族からも反感を買っていたからね」
あるとき、慰霊祭で本書の著者の大貫さんら数人の仲間が、倉澤参謀を取り囲んだことがある。「私たちを覚えていますね」。言葉をかけると、元参謀は首を振った。「覚えてない。おたくはどちらさんですか」。
「あんたに死ぬほど殴られたんだ。今日はお返しをしたい」というと、元参謀は真っ青になって、あの時は悪かったと詫びたという。
鴻上さんの『不死身の特攻兵』をたぐっていくと、本書のみならず、様々な関連・先行作品が浮かんでくる。いずれも九州と縁が深い。九州には特攻隊の出撃拠点になった知覧基地があった。長崎には原爆が落ち、沖縄も近く、南方や満州からは佐世保港に引き揚げ者が殺到した。炭坑では朝鮮人の労働者が働いていた。本書を巡る本や人のつながりを再考すると、東京とは「戦争」のリアリティが異なる九州の近現代史が見えてくる。
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