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社会派ミステリの注目作。老人の連続不審死と、無戸籍男性。その関係は...?

名もなき子

 読書を続けていると、たまに不思議な経験をする。まったくアトランダムに本を選んでいるのに、二つの本の中の世界が繋がっていた......本書『名もなき子』(ポプラ社)は、刊行されたばかりの社会派ミステリ。重要な舞台として、日本三大ドヤ街のひとつとされる横浜・寿町が登場する。ここは先日、『裏横浜』(ちくま新書)で取り上げたばかりの饐えた臭いのする街だった。

 テレビ局でドキュメンタリー番組の制作を手掛ける榊美貴が主人公。ある日、高齢者施設で不審死が相次いでいるという週刊誌の記事が目に留まる。その後、主要メディアや首相官邸に「何も生み出さない高齢者は『社会悪』だ。」と書かれた「犯行声明」が届く。

 仕事からの帰り、美貴は駅のベンチで脂汗を浮かべて苦しむ若い男に出会う。救急車も病院へ行くのも拒否する堅気には見えない男を放っておけず、美貴は自宅に連れ帰る。61歳の母と37歳の自分、4歳の息子が男に襲われたら、ひとたまりもないだろう。正義感の強さは亡くなった父親譲りだった。

 会話ができるようになった男は「小林悟」と名乗り、年はたぶん26か27、保険証がなく、自分がどこの誰かもわからないという。「無戸籍なのね」と美貴は応じた。

 戸籍を取るための協力を申し出る美貴。悟は横浜・寿町の施設で育ち、診療所の療養病棟で働いていたという。その後ホストクラブに移り、離れ離れになった姉の茜が大阪の遊郭にいることを知り、救い出すため、ホストクラブの金を持ち出したのだった。その後、悟は行方不明になり、美貴は大阪の飛田新地にいる茜を訪ねる。

グレーな街が舞台

 老人の連続不審死を取材しながら、知り合った無戸籍男の周辺を追う美貴。超人的な行動力だが、二つがやがて一つの焦点を結ぶ。

 本書で印象的なのは、横浜・寿町や大阪・飛田新地というグレーな世界がきちんと描かれていることだ。戦後、寿町には職業安定所ができて、港湾労働者が多く集まった。しかし、今は日雇いの仕事もほとんどない。約300メートル四方に120軒の簡易宿泊所がある。高齢化が進み、生活保護受給者が多いという。この街にあった施設で姉弟は育ったのだ。

 姉の茜が働く飛田新地はこう描写されている。

 「夕暮れ時になると、飛田の様相は一変する。屋号が書かれた店の看板に灯りがともり、軒先の提灯が妖しげな赤い光を放つと、二十一世紀の日本とは思えない異空間が広がる」

 主人公の美貴はドキュメンタリー番組の制作者だが、以前は同じテレビ局の敏腕社会部記者だった。

著者と重なる主人公のキャラクター

 魅力的なキャラクターだが、著者の水野梓(本名・鈴木あづさ)さんの経歴ともかぶってくる。東京都出身。早大在学中に米国オレゴン大ジャーナリズム学部に留学して卒業。帰国後、99年に早大文学部卒、日本テレビ入社。社会部、中国総局特派員、国際部デスク、ドキュメンタリー番組のディレクター、プロデューサーなどを経て、現在は経済部デスクとして財務省と内閣府を担当する。BS日テレ「深層NEWS」(月~金曜午後10時)には、隔週金曜キャスターを務める。

 水野梓の筆名で社会派ミステリ小説『蝶の眠る場所』で小説家デビューし、各方面から絶賛された。テレビ局のドキュメンタリー番組の女性ディレクター榊美貴が、すでに犯人に死刑が執行されている殺人事件を、冤罪だと証明していく物語。いじめ、犯罪者の家族の苦悩、LGBT等も描かれていた。実際に起きた事件をもとにドキュメンタリー番組をつくり、それをもとにした小説だったという。

 松本清張の時代には、社会悪が「悪」として一般的に認識されたため、社会派ミステリが隆盛した。しかし、今や社会派ミステリは流行らない時代となり、書き手も減った。読者の関心は本格ミステリに傾いている。

 本書は家庭虐待、無戸籍、高齢者施設の問題などが物語の根っこにある。地味なテーマを掘り起こし、一つの哀しい物語を生み出した。社会派ミステリの存在意義は今も失われていないと思った。

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 BOOKウォッチでは、社会派ミステリとして『マンモスの抜け殻』(文藝春秋)、『無実の君が裁かれる理由』(祥伝社)などを紹介済みだ。

  • 書名 名もなき子
  • 監修・編集・著者名水野梓 著
  • 出版社名ポプラ社
  • 出版年月日2022年5月16日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・353ページ
  • ISBN9784591173886

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