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昭和残影、鉄道の新線計画めぐるミステリー

希望と殺意はレールに乗って

 現役の鉄道マンが書いた鉄道ミステリーとして話題になっているのが、本書『希望と殺意はレールに乗って』(講談社)である。

 著者の山本巧次さんは、1960年生まれ。第13回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉となった『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』で2015年にデビュー。2018年『阪堺電車177号の追憶』で第6回「大阪ほんま本大賞」を受賞。「大江戸科学捜査」シリーズと「開化鐵道探偵」シリーズの二つのシリーズを書きながら、鉄道会社に勤務するという異色の作家だ。

推理作家が南信州の村へ乗り込む

 本書は副題に「アメかぶ探偵の事件簿」とあるように、アメリカかぶれの人気推理作家、城之内和樹を主人公に助手で旧華族令嬢の奥平真優が、鉄道の新線計画をめぐり対立する南信州の村へ乗り込み、殺人事件を解決するというストーリー。

 城之内は旧華族、奥平家の邸宅の一角を間借りしている。ある日、明治維新まで奥平家の領地だった信州の清田村の村長らが上京。城之内にも相談に乗ってほしいという。国鉄の新線計画のため陳情にきた村会議員が、多額の現金とともに行方不明になったというのだ。議員は死体で発見される。

 元子爵の奥平氏から捜査への協力を求められた城之内は、ふだん助手兼秘書をしている真優、編集者の沢口とともに清田村へ向かう。

 舞台になっている清田村は長野県の伊那谷にある飯田と岐阜県の木曽谷にある恵那を結ぶ計画の「恵那線」の長野県側にあるという設定だ。

 旧清宮村と旧田上村が合併して出来た清田村。川をはさむ二つの地区は、ルートと駅の予定地をめぐり対立していた。

 「我田引鉄」とばかりにいがみ合う村人たち。怪しい不動産ブローカーも出入りし、すでに大金を投資した有力者も少なくないことが分かってきた。そんな中、また関係者の一人が死体で見つかる。

実在した「中津川線」計画

 作中、「恵那線」ともう一つ「中津川線」という新線が登場する。こちらは実在したが、いくらか工事しただけで中止になった。このルートに沿って中央自動車道が開通し、飯田は名古屋と高速バスを利用し短時間で結ばれるようになった。一方、鉄道工事で見つかった温泉は観光名所になっている。

 国鉄の夜行急行がさかんに走っていた昭和30年代。東京駅発の東海道線には、「夜十時十五分発の急行出雲、十時半発の急行大和、十一時発の急行伊勢」が走っていた、という記述も出てくる。

 松本清張の『点と線』のようなアリバイ崩しの要素もあるが、長野県の歴史にからんだ大きな謎ときが用意されていた。推理作家と女性の助手という設定なので、ユーモアミステリーかと思ったら、意外と骨太の社会派ミステリーの味わいがあった。

各地で鉄道誘致競争

 鉄道建設については、各地に鉄道忌避伝説が残っているが、実際には用地買収、地形などの関係で町場を通らなかったことが多いようだ。むしろ、鉄道を積極的に誘致する競争があったことが、近年明らかになってきた。

 本書には、こうした鉄道研究史の成果が見える。「アメかぶ探偵」という略称も付いているようだから、シリーズ化されるのだろうか。

 中央アルプスを貫く昭和の鉄道計画は夢と消えたが、いま東京と名古屋を40分で結ぶリニア中央新幹線が2027年の開通をめざして工事中だ。小説の舞台近くの飯田市にも駅がつくられる。鉄道をめぐる光と影は時代を超えて反転するかもしれない。

  • 書名 希望と殺意はレールに乗って
  • サブタイトルアメかぶ探偵の事件簿
  • 監修・編集・著者名山本巧次 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年1月20日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・285ページ
  • ISBN9784065183038
 

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